2013年05月31日
第9回 あまい金賞
第6回『酒造業界のミスコン』で紹介した全国新酒鑑評会が今月、東広島市で開かれました。私は5月21日の酒類総合研究所講演会、22日の全国新酒鑑評会製造技術研究会(業界関係者対象の全出品酒の公開試飲会)に行ってきました。

全国新酒鑑評会製造技術研究会会場
(東広島運動公園アクアパーク体育館)
今年の出品数は864品。これを10時から15時までの公開時間内にすべて試飲するのは至難の業です(飲むんじゃなくて口に含んだ後、吐きますよ、もちろん)。
きき酒能力に自信のない私は、静岡酒というベースの物差しがなければ他県の酒を判断できないため、いつも静岡県のコーナーからスタートします。真っ先に行くのでだいたい一番乗り。静岡県の全国鑑評会出品酒をイの一番に試飲できるというのは実に爽快な気分です。今回は気がついたら目の前に杉錦の杉井均乃介社長がいて、真剣にきき酒しながら寸評を書き込んでいました。この会は蔵元、杜氏、研究者、流通関係者、マスコミなど業界関係者オンリーなので、時折耳にする雑談や試飲の感想コメントなどを盗み聞きするだけでも勉強になるのです。
きき酒に集中しつつ、漏れ聞こえてくる人々の会話にも耳をそばだてながら、5時間の試飲が始まりました。

静岡県コーナーできき酒中の杉錦・杉井均乃介社長
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
実は今年、静岡県の出品酒は金賞受賞ゼロという自分の記憶にはない結果でした。前週、フェイスブックで岩手県の『南部美人』の蔵元久慈浩介さんが金賞受賞の喜び報告をしたのをいち早く見つけ、酒類総合研究所のホームページで確認したところ、静岡県のリストに金賞の☆印がひとつも見当たらない。そんな馬鹿なと思いつつ、22日当日、開場を待つ間に配られた結果目録を再チェックしたところ、やっぱり☆印がありません。
静岡県の出品点数は18。金賞0、入賞6という結果でした。実際に試飲してみると、いつもの年なら十分、金賞に該当すると思われる酒がちゃんとあるのに、「ナットクいかんなあ」と首を傾げました。
他のコーナーを見回すと、入賞率が高かった仙台国税局管内の岩手・宮城・福島のコーナーには、あっという間の大行列。静岡県金賞ゼロの背景を探るにはここを試飲してみないと分からないだろうと、私も覚悟して並び、90分待ちでやっと試飲テーブルの位置まで辿り着きました。日ごろ、遊園地のアトラクションや人気のラーメン屋さんに1時間も2時間も行列を作って待つという人たちの気持ちが分からんと嘯いていますが、その人たちから、試飲のために90分待つという神経が分かんないよーと嗤われそうですね。ちなみに会場入りする前にも開場を70分くらい待ちました(苦笑)。一番乗りした人は、早朝5時から並んでいたとか。試飲できる酒は一銘柄につき500ml瓶で6本しかないため、人気銘柄や金賞常連銘柄は品切れになる可能性があるからです。
90分待ってやっと辿り着いた岩手・宮城・福島コーナー。案の定、全国区の人気銘柄は見事にカラとなっていました。結果目録によると、2年前の大震災直後、福島県いわき市を訪問したときに地元の方々からお土産にいただき、その後も取り寄せて愛飲している『又兵衛』が金賞を受賞していたので、これは見逃せない!と思っていたのですが、残念ながら品切れ。今年、福島県は37品出品して金賞が26、入賞が6という圧巻の成績でした。
宮城県も22品出品中、金賞が12、入賞が5。岩手県は16品出品中、金賞8、入賞2という好成績。被災3県の健闘ぶりは見事と言うしかありません。
会場から『南部美人』の久慈さんにおめでとうコメントを送ったところ、「東北はすごいことになっています。ここ数年、ずっとこんな高い金賞受賞率が続いており、まさに努力と、横の連携のたまものです。これにおごらず、しっかりとこれからも頑張って行きます」と真摯なお返事。・・・四半世紀前、消費低迷と経営危機にさらされていた静岡県の蔵元が静岡酵母で一発逆転、一世風靡した頃も、こんなふうに、みんな“横の連携”を絆に頑張っていたんだろうなあと想像させられました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
新酒鑑評会をミスコンに例えるとすれば、今年の美のトレンドは“スイーツ系”。入賞酒はとにかく甘かった。世の味覚全体が“オイシイ=甘い”になっちゃっているせいなのか、よくわかりませんが、静岡吟醸の洗練された香りと控えめな甘さの絶妙なバランスが評価されていた時代とは、あきらかに基準が変わった・・・と実感します。
前日の酒類総合研究所講演会では、今回の鑑評会出品酒の傾向や審査のポイントを詳しく説明してくれました。マニアックな話ですが、酒席のウンチク話にはうってつけの内容かもしれませんので、しばしおつきあいを。
【ウンチクその1 今年の出品酒に使われた原料米】
①山田錦(84.5%)②その他(5.9%)③越淡麗(3.6%)④美山錦・千本錦(ともに1.9%)⑤五百万石(0.9%)
やっぱり山田錦(兵庫県生まれ)の酒米王者ぶりは健在です。越淡麗は新潟県の米、美山錦は長野県、千本錦は広島県、五百万石は新潟県で生まれた米です。静岡県産の酒米・誉富士は、唯一、『若竹』が純米大吟醸で出品しました。
【ウンチクその2 今年の出品酒の平均精米歩合】
平均38.5% 最大59% 最小19%
玄米の外側61.5%を糠として削り落とし、残った中心部分38.5%を使うという意味。ちなみに市販酒の表示規定では精米歩合50%以下なら大吟醸・純米大吟醸、60%以下なら吟醸・純米吟醸、70%以下なら純米酒・本醸造酒と表記できます。19%精米って8割以上を捨てて米の芯(=デンプンのかたまり)の部分しか使わないって超ゼイタクな造りですが、これで本当に米の酒の味わいが表現できるのかどうかは別のハナシ、だと思います。
【ウンチクその3 今年の出品酒の平均粕歩合】
平均48.8% (内訳)40.1~50%=350品 50.1~60%=246品 60.1~70%=77品 70%以上=24品
粕歩合というのは、酒のもろみを搾ったときに出る酒粕の量の割合。酒粕が多い=米をあまり融かさず硬めに仕込んで搾った酒=すっきりきれいな仕上がりと言われます。昔は酒粕を多く出す=酒になる量が減る=不経済な造り方として非難されていました。ちなみに普通酒の粕歩合は20%程度。
【ウンチクその4 今年の出品酒で審査員がチェックした項目点数。後者は5年前の点数】
①甘味(2344点←1694点)②渋味(1822点←1583点)③酸味(1337点←844点)④苦味(1269点←1204点)
甘味の評価点が5年前に比べるとかなり増加していることがわかります。「甘い酒が賞を獲った」というよりも、「出品酒全体が甘い傾向にあった」という表現が正しいかもしれません。甘味とのバランスを考えると酸味が高くなるのも必然。甘さ控えめのスッキリ低酸タイプの静岡吟醸が不利だったのも仕方ないか・・・。
【ウンチクその5 今年の出品酒に使われた酵母】
①協会1801号(25.7%)②明利(15.4%)③秋田今野(4.2%)*その他(49.2%)
酵母はアルコールを造り、酒の味と香りを決める重要な微生物です。日本醸造協会という業界団体や民間で市販されています。「協会1801号」というのは、現在の吟醸酒や純米吟醸酒の仕込みに使われるスタンダードな酵母。香りを強く出し、酸は控えめ。「明利」は茨城県の明利酒類が開発した重量級の香りの出る酵母。「秋田今野」は秋田県の種麹メーカー秋田今野商店が開発した清酒酵母でさまざまなタイプがあり、用途別に選びやすい。なお、複数の酵母をブレンドして使うと「その他」にカウントされます。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
試飲の最中に周囲の雑談を盗み聞きしていると、ベテラン杜氏と思われる人の「こんな甘い酒、俺は好かんな」と嘆く声、流通業者と思われる人の「未だに酢酸系にこだわる時代遅れの酒がある」と吐き捨てるような声が印象に残りました。酢酸系というのは、バナナに似た香りを作る香気成分・酢酸イソアミルや酢酸エチル系のこと。静岡酵母もどちらかといえばこのタイプです。後を引かないきれいな飲み口は、淡白な駿河湾の海の幸によく合うんですね。
一方、入賞酒に多かったのは、カプロン酸エチルという香気成分を強く出す酒。りんご、洋ナシ、南国フルーツをイメージさせる華やかで濃厚な香りです。なぜ静岡県の蔵元がそういうタイプの酒を造りたがらないのかといえば、カプロン酸系の香りは変化しやすく、貯蔵管理が悪いと熟れすぎて異臭を放つフルーツのように劣化するから。コンテストでは審査員ウケする高カプロン酸系酵母を使い、貯蔵を要する市販酒では使わない―なんて戦略的なことはせず、市販用の大吟醸や純米大吟醸の中からベストパフォーマンスの酒を出品するのが、四半世紀にわたって静岡県の蔵元が貫いてきた姿勢です。この、素直さや生真面目さが静岡人の特徴なんですね。
もちろん、鑑評会で圧倒的に多かったカプロン酸系の酒を造る全国の蔵元も、市販酒では香りの劣化リスクにしっかり対応していることでしょう。何より、カプロン酸系の甘く華やかな酒をワイングラスでおしゃれに飲めば、日本酒のイメージは一新します。若者、女性、外国人など新たな消費ターゲットを開拓しようという蔵元ならば、他の飲料に似た味わいや甘さをウリにするのも戦略の一つと言えます。
こういう酒を否定するつもりはありませんが、そういう酒で日本酒の扉を開けたのなら、さらにその先にある、米の発酵酒たる日本酒の味わいの奥深さを知ってもらいたい・・・と願うばかりです。

業界関係者が真剣にきき酒する
ひところに比べ、静岡酒の入賞率が低下し、全国新酒鑑評会に足を運ぶ県内関係者の数も減ったような気がします。私も一時、広島までの足が遠のいた時期もありました。
ただ、全国にはまだまだ知らない銘柄がたくさんあるし、全国から集まった最高水準の出品酒を一度に試飲できる場で、もっときき酒能力を鍛えなければなりません。
静岡酒の価値を紹介する語り部の立場としても、井の中の蛙でいいわけがありません。金賞ゼロというのは地元ファンとして残念極まりない結果でしたが、スイーツのような酒が大勢を占めるコンテストで、静岡らしさを貫こうとした蔵元の姿勢を、静岡の地元ファンが誰より評価しなければダメじゃないですか。それにはやはり、ここへ足を運んで、全国との比較検証をしなければならない。20年以上、鑑評会に通い続け、ようやく、ここに来る使命のようなものを実感できた・・・そんな気がしました。
きき酒の最後は、いつも、個人的に一番好きだと思った酒を、もう一度、吐くのではなくちゃんと飲んで終わるようにしています。
今年、選んだ最後の一杯は島田市の『若竹』。誉富士と静岡酵母使用の純米大吟醸酒です。入賞はしませんでしたが、きき酒して吐き捨てる酒ではなく、間違いなく“飲める酒”でした。鑑評会に山田錦でもなく、カプロン酸系酵母でもなく、不利とされる純米酒(注)を堂々と出品した『若竹』の姿勢は、外に向けて語って聞かせるだけの価値がある。こういう酒を評価できる同志が一人でも増えるといいな、と心から思います。

若竹(島田市)が出品した誉富士と静岡酵母使用の純米大吟醸
*注)醸造アルコールを添加したほうが、吟醸香が立ちやすく、酒質が安定すると言われる。今年の全国新酒鑑評会出品酒864品のうち、アル添しない純米系の酒は97品。残りはすべてアル添酒。
*今回の結果(平成24酒造年度全国新酒鑑評会)は酒類総合研究所のホームページを参照してください。http://www.nrib.go.jp/kan/h24by/h24bymoku_top.htm
全国新酒鑑評会製造技術研究会会場
(東広島運動公園アクアパーク体育館)
今年の出品数は864品。これを10時から15時までの公開時間内にすべて試飲するのは至難の業です(飲むんじゃなくて口に含んだ後、吐きますよ、もちろん)。
きき酒能力に自信のない私は、静岡酒というベースの物差しがなければ他県の酒を判断できないため、いつも静岡県のコーナーからスタートします。真っ先に行くのでだいたい一番乗り。静岡県の全国鑑評会出品酒をイの一番に試飲できるというのは実に爽快な気分です。今回は気がついたら目の前に杉錦の杉井均乃介社長がいて、真剣にきき酒しながら寸評を書き込んでいました。この会は蔵元、杜氏、研究者、流通関係者、マスコミなど業界関係者オンリーなので、時折耳にする雑談や試飲の感想コメントなどを盗み聞きするだけでも勉強になるのです。
きき酒に集中しつつ、漏れ聞こえてくる人々の会話にも耳をそばだてながら、5時間の試飲が始まりました。
静岡県コーナーできき酒中の杉錦・杉井均乃介社長
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
実は今年、静岡県の出品酒は金賞受賞ゼロという自分の記憶にはない結果でした。前週、フェイスブックで岩手県の『南部美人』の蔵元久慈浩介さんが金賞受賞の喜び報告をしたのをいち早く見つけ、酒類総合研究所のホームページで確認したところ、静岡県のリストに金賞の☆印がひとつも見当たらない。そんな馬鹿なと思いつつ、22日当日、開場を待つ間に配られた結果目録を再チェックしたところ、やっぱり☆印がありません。
静岡県の出品点数は18。金賞0、入賞6という結果でした。実際に試飲してみると、いつもの年なら十分、金賞に該当すると思われる酒がちゃんとあるのに、「ナットクいかんなあ」と首を傾げました。
他のコーナーを見回すと、入賞率が高かった仙台国税局管内の岩手・宮城・福島のコーナーには、あっという間の大行列。静岡県金賞ゼロの背景を探るにはここを試飲してみないと分からないだろうと、私も覚悟して並び、90分待ちでやっと試飲テーブルの位置まで辿り着きました。日ごろ、遊園地のアトラクションや人気のラーメン屋さんに1時間も2時間も行列を作って待つという人たちの気持ちが分からんと嘯いていますが、その人たちから、試飲のために90分待つという神経が分かんないよーと嗤われそうですね。ちなみに会場入りする前にも開場を70分くらい待ちました(苦笑)。一番乗りした人は、早朝5時から並んでいたとか。試飲できる酒は一銘柄につき500ml瓶で6本しかないため、人気銘柄や金賞常連銘柄は品切れになる可能性があるからです。
90分待ってやっと辿り着いた岩手・宮城・福島コーナー。案の定、全国区の人気銘柄は見事にカラとなっていました。結果目録によると、2年前の大震災直後、福島県いわき市を訪問したときに地元の方々からお土産にいただき、その後も取り寄せて愛飲している『又兵衛』が金賞を受賞していたので、これは見逃せない!と思っていたのですが、残念ながら品切れ。今年、福島県は37品出品して金賞が26、入賞が6という圧巻の成績でした。
宮城県も22品出品中、金賞が12、入賞が5。岩手県は16品出品中、金賞8、入賞2という好成績。被災3県の健闘ぶりは見事と言うしかありません。
会場から『南部美人』の久慈さんにおめでとうコメントを送ったところ、「東北はすごいことになっています。ここ数年、ずっとこんな高い金賞受賞率が続いており、まさに努力と、横の連携のたまものです。これにおごらず、しっかりとこれからも頑張って行きます」と真摯なお返事。・・・四半世紀前、消費低迷と経営危機にさらされていた静岡県の蔵元が静岡酵母で一発逆転、一世風靡した頃も、こんなふうに、みんな“横の連携”を絆に頑張っていたんだろうなあと想像させられました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
新酒鑑評会をミスコンに例えるとすれば、今年の美のトレンドは“スイーツ系”。入賞酒はとにかく甘かった。世の味覚全体が“オイシイ=甘い”になっちゃっているせいなのか、よくわかりませんが、静岡吟醸の洗練された香りと控えめな甘さの絶妙なバランスが評価されていた時代とは、あきらかに基準が変わった・・・と実感します。
前日の酒類総合研究所講演会では、今回の鑑評会出品酒の傾向や審査のポイントを詳しく説明してくれました。マニアックな話ですが、酒席のウンチク話にはうってつけの内容かもしれませんので、しばしおつきあいを。
【ウンチクその1 今年の出品酒に使われた原料米】
①山田錦(84.5%)②その他(5.9%)③越淡麗(3.6%)④美山錦・千本錦(ともに1.9%)⑤五百万石(0.9%)
やっぱり山田錦(兵庫県生まれ)の酒米王者ぶりは健在です。越淡麗は新潟県の米、美山錦は長野県、千本錦は広島県、五百万石は新潟県で生まれた米です。静岡県産の酒米・誉富士は、唯一、『若竹』が純米大吟醸で出品しました。
【ウンチクその2 今年の出品酒の平均精米歩合】
平均38.5% 最大59% 最小19%
玄米の外側61.5%を糠として削り落とし、残った中心部分38.5%を使うという意味。ちなみに市販酒の表示規定では精米歩合50%以下なら大吟醸・純米大吟醸、60%以下なら吟醸・純米吟醸、70%以下なら純米酒・本醸造酒と表記できます。19%精米って8割以上を捨てて米の芯(=デンプンのかたまり)の部分しか使わないって超ゼイタクな造りですが、これで本当に米の酒の味わいが表現できるのかどうかは別のハナシ、だと思います。
【ウンチクその3 今年の出品酒の平均粕歩合】
平均48.8% (内訳)40.1~50%=350品 50.1~60%=246品 60.1~70%=77品 70%以上=24品
粕歩合というのは、酒のもろみを搾ったときに出る酒粕の量の割合。酒粕が多い=米をあまり融かさず硬めに仕込んで搾った酒=すっきりきれいな仕上がりと言われます。昔は酒粕を多く出す=酒になる量が減る=不経済な造り方として非難されていました。ちなみに普通酒の粕歩合は20%程度。
【ウンチクその4 今年の出品酒で審査員がチェックした項目点数。後者は5年前の点数】
①甘味(2344点←1694点)②渋味(1822点←1583点)③酸味(1337点←844点)④苦味(1269点←1204点)
甘味の評価点が5年前に比べるとかなり増加していることがわかります。「甘い酒が賞を獲った」というよりも、「出品酒全体が甘い傾向にあった」という表現が正しいかもしれません。甘味とのバランスを考えると酸味が高くなるのも必然。甘さ控えめのスッキリ低酸タイプの静岡吟醸が不利だったのも仕方ないか・・・。
【ウンチクその5 今年の出品酒に使われた酵母】
①協会1801号(25.7%)②明利(15.4%)③秋田今野(4.2%)*その他(49.2%)
酵母はアルコールを造り、酒の味と香りを決める重要な微生物です。日本醸造協会という業界団体や民間で市販されています。「協会1801号」というのは、現在の吟醸酒や純米吟醸酒の仕込みに使われるスタンダードな酵母。香りを強く出し、酸は控えめ。「明利」は茨城県の明利酒類が開発した重量級の香りの出る酵母。「秋田今野」は秋田県の種麹メーカー秋田今野商店が開発した清酒酵母でさまざまなタイプがあり、用途別に選びやすい。なお、複数の酵母をブレンドして使うと「その他」にカウントされます。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
試飲の最中に周囲の雑談を盗み聞きしていると、ベテラン杜氏と思われる人の「こんな甘い酒、俺は好かんな」と嘆く声、流通業者と思われる人の「未だに酢酸系にこだわる時代遅れの酒がある」と吐き捨てるような声が印象に残りました。酢酸系というのは、バナナに似た香りを作る香気成分・酢酸イソアミルや酢酸エチル系のこと。静岡酵母もどちらかといえばこのタイプです。後を引かないきれいな飲み口は、淡白な駿河湾の海の幸によく合うんですね。
一方、入賞酒に多かったのは、カプロン酸エチルという香気成分を強く出す酒。りんご、洋ナシ、南国フルーツをイメージさせる華やかで濃厚な香りです。なぜ静岡県の蔵元がそういうタイプの酒を造りたがらないのかといえば、カプロン酸系の香りは変化しやすく、貯蔵管理が悪いと熟れすぎて異臭を放つフルーツのように劣化するから。コンテストでは審査員ウケする高カプロン酸系酵母を使い、貯蔵を要する市販酒では使わない―なんて戦略的なことはせず、市販用の大吟醸や純米大吟醸の中からベストパフォーマンスの酒を出品するのが、四半世紀にわたって静岡県の蔵元が貫いてきた姿勢です。この、素直さや生真面目さが静岡人の特徴なんですね。
もちろん、鑑評会で圧倒的に多かったカプロン酸系の酒を造る全国の蔵元も、市販酒では香りの劣化リスクにしっかり対応していることでしょう。何より、カプロン酸系の甘く華やかな酒をワイングラスでおしゃれに飲めば、日本酒のイメージは一新します。若者、女性、外国人など新たな消費ターゲットを開拓しようという蔵元ならば、他の飲料に似た味わいや甘さをウリにするのも戦略の一つと言えます。
こういう酒を否定するつもりはありませんが、そういう酒で日本酒の扉を開けたのなら、さらにその先にある、米の発酵酒たる日本酒の味わいの奥深さを知ってもらいたい・・・と願うばかりです。
業界関係者が真剣にきき酒する
ひところに比べ、静岡酒の入賞率が低下し、全国新酒鑑評会に足を運ぶ県内関係者の数も減ったような気がします。私も一時、広島までの足が遠のいた時期もありました。
ただ、全国にはまだまだ知らない銘柄がたくさんあるし、全国から集まった最高水準の出品酒を一度に試飲できる場で、もっときき酒能力を鍛えなければなりません。
静岡酒の価値を紹介する語り部の立場としても、井の中の蛙でいいわけがありません。金賞ゼロというのは地元ファンとして残念極まりない結果でしたが、スイーツのような酒が大勢を占めるコンテストで、静岡らしさを貫こうとした蔵元の姿勢を、静岡の地元ファンが誰より評価しなければダメじゃないですか。それにはやはり、ここへ足を運んで、全国との比較検証をしなければならない。20年以上、鑑評会に通い続け、ようやく、ここに来る使命のようなものを実感できた・・・そんな気がしました。
きき酒の最後は、いつも、個人的に一番好きだと思った酒を、もう一度、吐くのではなくちゃんと飲んで終わるようにしています。
今年、選んだ最後の一杯は島田市の『若竹』。誉富士と静岡酵母使用の純米大吟醸酒です。入賞はしませんでしたが、きき酒して吐き捨てる酒ではなく、間違いなく“飲める酒”でした。鑑評会に山田錦でもなく、カプロン酸系酵母でもなく、不利とされる純米酒(注)を堂々と出品した『若竹』の姿勢は、外に向けて語って聞かせるだけの価値がある。こういう酒を評価できる同志が一人でも増えるといいな、と心から思います。
若竹(島田市)が出品した誉富士と静岡酵母使用の純米大吟醸
*注)醸造アルコールを添加したほうが、吟醸香が立ちやすく、酒質が安定すると言われる。今年の全国新酒鑑評会出品酒864品のうち、アル添しない純米系の酒は97品。残りはすべてアル添酒。
*今回の結果(平成24酒造年度全国新酒鑑評会)は酒類総合研究所のホームページを参照してください。http://www.nrib.go.jp/kan/h24by/h24bymoku_top.htm
Posted by 日刊いーしず at 12:00
2013年05月17日
第8回 美酒の記憶
前回(第7回「酔読ノススメ」はこちら)、フリーアナウンサーの國本良博さんに酒の本の朗読をお願いしたエピソードを紹介しました。國本さんとは、しずおか地酒研究会設立のきっかけになった1995年の静岡市南部図書館地酒講座で、プログラムに地酒エッセイの寄稿をお願いして以来のおつきあい。寄稿者を探しているとき、偶然、國本さんがラジオ番組で河村傳兵衛さんにインタビューしていたのを聴いて、とても面白くて、静岡新聞社の知り合いに仲介を頼んだのがそもそもの出会いでした。実は、國本さんご自身が先月、SBSアナウンサー時代を振り返る自叙伝『くんちゃんのはなしのはなし』(マイルスタッフ刊)を出版され、この経緯を紹介してくださっています。よかったらぜひお読みください!

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今回は本ではなく、本筋に戻ってお酒の紹介といきましょう。
こういう肩書きで活動している宿命といいますか、初対面の人に「しずおか地酒研究会主宰」の名刺を渡すと、十中八九、「どの銘柄がおすすめですか?」と訊かれます。○○○が好きだとしても、○○○が去年と今年では味が違うかもしれないし、○○○の大吟醸か純米酒か本醸造かでも違います。「○○○は、大吟はいいけど純米はブレがある」・・・な~んて通ぶった答えをしても、質問者を戸惑わせるような気がする。自分はプロの評論家でもきき酒師でもないし、結局、自分の体験しか使える物指しがありません。そこでおすすめ銘柄を問われたときは、自分が直近で飲んで感動した銘柄を挙げるようにしています。
今回も、25年の酒歴で、質問されるたびに答えた記憶に残る美酒を思い起こしてみます。
最近一番感動したのは、先月、下田の蕎麦処『いし塚』で飲んだ『國香』(袋井市)の特別純米。繊細な香味が絶妙に調和し、私が何より國香らしいと感じる、ノド越しがストンと落ちる“さばけの良さ”が見事に表現されていました。目隠しして飲んだら十中八九、純米大吟醸だと答えるでしょう。この酒質を純米酒クラスで発揮できる蔵元杜氏・松尾晃一さんの力量に改めて敬服、というか、本当に「出会えてよかったぁ」と心から感動しました。

いし塚で味わえる國香
これに加え、酒肴のいし塚特製・蕎麦味噌が、國香のキレ味をやわらかく包み込んでくれます。キレ味がなくなるのではなく、内に秘められていた酒の旨味が、蕎麦味噌の旨味に刺激され、表に顔を出したという感じ。醗酵物同士の旨味ですから相性は申し分ありません。
下田を訪ねる機会がありましたら、ぜひ『いし塚』で味わってみてください。
◆いし塚の紹介記事はこちら ≫http://www.at-s.com/gourmet/featured/jizake/vol162.html
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
記憶に残る最も古い感動体験というと、1989年春、初めて『開運』(掛川市)の土井酒造場を訪ねたとき、試飲させてもらった搾りたての大吟醸。思わず、「こんなに美味い酒、今まで飲んだことがない!」と叫んでしまい、蔵元の土井さんに「この程度で満足してもらっては困るんだが」と苦笑いされました。
初めてまともに味わった搾りたての大吟醸。そのフルーティーでみずみずしい香りと、アルコールとは思えない清冽な口当たりに、これが本当に水と米と米麹だけで造った飲み物なのかとただただ驚愕しました。それなのに、「この程度で満足するな」とはいかなる意味か・・・。土井さんの苦笑いに、こちらも「ハハハ」とごまかし笑いで返したものの、脳裏は「?」マークで一杯でした。搾ったばかり酒が、濾過や加水や火入れ処理され、熟成を経て、さらに酒質が向上するということを、この時点ではまったく理解できていなかったのです。
いずれにしても、仕込み現場で初めて味わった搾りたての酒が、開運の大吟醸だったというのは、今思えば大変な幸運でした。「酒のファンを増やすには、最初の感動体験が大事だ」と考え、執筆活動のみならず実体験を共有できる場をつくろうと研究会を構想したのは、まさに自分自身のこの体験からでした。
『開運』に合う酒肴は、それこそ枚挙に暇はありませんが、個人的に思い入れがあるのは、鮨屋『陣太鼓』(静岡市葵区昭和町)で味わうワサビ巻き。出会ったのは、ちょうど開運を訪ねたちょうどこの頃で、「ワサビを巻くだけの寿司があるんだ」と目を白黒させ、大人の味覚を一つ覚えた気分になりました。『陣太鼓』は開運が全種類飲める鮨屋さんです。ぜひお味見ください。

陣太鼓で飲める開運全種
◆陣太鼓の紹介記事はこちら ≫http://www.at-s.com/gourmet/featured/jizake/vol81.html
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
静岡県酒造組合では毎年10月1日(日本酒の日)に『静岡県地酒まつり』という県内全蔵が一堂に介する大試飲会を開催しています。以前、このイベントで何年か続けて燗酒をふるまうブースをお手伝いしたことがありました。
「かんすけ」という錫製の燗付け器をお湯で温め、温度計で慎重に測りながらのお燗番役。お客さんのほとんどは、各蔵元ブースに並ぶ豪華ラインナップをはしご呑みするのに必死で、ふだん呑み価格の酒が並ぶ燗酒ブースはヒマだったんですが、私にとっては、県内全銘柄をいっぺんに、しかも自分の好みの温度で燗付けして試飲できる夢のようなブースです。冷やかしに来る蔵元や顔なじみの酒徒たちで、いつの間にか内輪の立ち飲みカウンターみたいになっていました(苦笑)。

静岡県地酒まつりの燗酒ブース。燗付け器「かんすけ」の営業さんと
初めて燗酒ブースが設置された2004年の『静岡県地酒まつり』で、いきなり、燗上がりする素晴らしい酒を発見しました。『白隠正宗』(沼津市)の純米酒です。少し温めると角がとれるのか酒質全体が丸くなり、旨みがじんわり口中に広がる。それでいて後味がすっきり。前述のとおり、この後味すっきりのさばけ感が、自分の何よりのお好みポイントで、燗酒でこれだけきれいにさばける酒に出会えたのは大きな収穫でした。
冷やかしに来た『小夜衣』の蔵元森本均さんに試飲してもらったら、人前では他人の酒をめったに褒めない森本さんが「いい酒だ」と満足してくれました。きき酒名人で知られる森本さんに自分が褒められたような気分になり、その時から、自分の脳裏に「燗酒には白隠の純米」と刷り込まれてしまいました。
白隠正宗は沼津の地酒ですから、やっぱり沼津の魚料理と相性バツグンです。中でも純米酒は煮魚がベストマッチ。おすすめは漁師居酒屋『さえ丸おじさんの店』(沼津市)。

煮魚と相性バツグンの白隠正宗
◆さえ丸おじさんの店の紹介記事はこちら
≫http://www.at-s.com/gourmet/featured/jizake/vol165.html
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
2004年の静岡県地酒まつりでは、忘れられない燗酒がもう一つありました。満寿一(静岡市葵区)の蔵元増井浩二さんが、「これ、燗付けてみて」と持ってこられたのは、なんと『満寿一大吟醸』。大吟醸というのはフルーティーな吟醸香を楽しむ酒で、燗をつけると香りが飛んでしまうため、冷酒で飲むのが常道だとされていますが、蔵元自ら、道を外れよ、とのお達し。実は私もひそかに「遊びで大吟を燗付けよ、なんて言って来る猛者はいないかなあ」と期待していたのです。それが、数多くの商品ラインナップを持つ規模の大きな蔵元ではなく、小規模の部類に入る満寿一さんだったのが意外でした。
増井さんは昨年、49歳の若さで急逝しました。静岡県で唯一残った杜氏集団・志太杜氏を雇用し続け、志太杜氏最後の一人が引退した後は自ら杜氏となって伝統を守った信念の酒造家でした。そんな彼が大吟醸片手に、悪戯小僧のような笑顔で燗酒ブースにやってきたあの日のことは、今でも忘れられません。
満寿一は、安倍川の軟らかな水質と増井さんの骨太な性格が融け合った“細マッチョな酒だ”と勝手に思っていましたが、温めると筋肉が弛緩する感じ。増井さんが隠し持っていた優しい人柄がにじみ出てくるんでしょう・・・。増井さんの笑顔にも、満寿一の味にも二度と会えないと思うと本当に残念でなりません。
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『國香』の松尾晃一さんと、『満寿一』の増井浩二さんは、静岡酵母の開発者で静岡吟醸造りの指導者でもある河村傳兵衛さんの“直弟子”です。松尾さんが『傳一郎』、増井さんが『傳次郎』という杜氏名を授かっており、松尾さんの『傳一郎』は純米吟醸酒の酒銘にもなっています。
河村さんの三番目の直弟子が、『喜久醉』の蔵元杜氏・青島孝さん。満寿一が昨年廃業した後、増井さんが使っていたタンクや甑(こしき)を譲り受け、いつにも増して今期の仕込みに精魂を込め、静岡県清酒鑑評会で見事、県知事賞を受賞しました。彼には『傳三郎』という杜氏名が与えられ、県知事賞を2度も獲得していますが、「まだ酒銘に出来るほどの腕はない」と謙虚に語ります。
『國香』『喜久醉』は、JR静岡駅ビルASTY東館の居酒屋『魚河岸大作』で鮮度バツグンの地魚と一緒に味わえます。大作は、『満寿一』一種だけをずっと扱ってきた店ですが、満寿一廃業となり、在庫もなくなってからは、ともに「傳」の杜氏名を授かった兄貴分の國香、弟分の喜久醉を置くようになりました。この2蔵がブレずに美酒を醸し続ける限り、この店における満寿一の記憶もなくならない、と信じています。

魚河岸大作の看板銘柄だった満寿一
◆魚河岸 大作の紹介記事はこちら
≫http://www.at-s.com/gourmet/featured/jizake/vol65.html
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青島さんは2004年から杜氏を務めていますが、私が最初に感動した『喜久醉』は、1963年から2003年まで青島酒造の杜氏を務めた富山初雄さん(南部杜氏=岩手県出身)の手による普通酒や特別本醸造でした。醸造アルコールを添加した、いわゆる“アル添酒”です。
日本酒ファンの中には、「アルコールを米と米麹だけで自然発酵させる純米酒こそ正しい日本酒であり、使用米の量を減らしてコストを下げ、代わりに出来合いのアルコールを加えるなんて不純な造り方だ」と主張する人は少なくなく、純米酒しか扱いませんという酒屋や飲食店、また最近では純米酒しか造りません、という酒蔵も増えているようです。
それでも私は富山さんの酒で覚えたアル添酒の美味しさに魅了され続けています。初めて喜久醉特別本醸造を飲んだときは、本当は吟醸酒に入れ替えて飲まされたのではないかと思うほど洗練されていました。普通酒を飲んだときは、「こんな美味しい酒を普通酒として売って蔵の儲けになるのか・・・」と素人ながら心配したほど。
最近、インスタントラーメンの世界で、生麺と見紛う美味しい袋麺が出始めていますよね。高い品質と価格の手軽さを両立させようと各社が開発努力をした成果でしょう。ジャンルは異なりますが、美味しくてリーズナブルなアル添酒が造れるというのも、蔵元の技術力の証明ではないか、と思っています。
青島さんが杜氏を引き継いだ後は、喜久醉のアル添酒もさらに一層、磨きがかかり、目隠しで飲めば普通酒が吟醸酒に、特別本醸造は大吟醸と言われても疑わないクオリティーです。となると、吟醸酒や大吟醸はもっと上のレベルを目指さなければならないわけで、「“傳三郎”を易々と名乗れない」と語った青島さんの目標の高さや“求道者”ぶりに唸ってしまいます。
昨年8月、平野斗紀子さんとアメリカを旅行したとき、ラスベガスのマンダレイ・ベイ・ホテルのイタリアンレストランLupoで、シェフが気前よくサービスしてくれたので、お礼に、持参した『喜久醉普通酒』を試飲してもらったところ、「SAKEを飲むのは生まれて初めて!実にまろやかで美味しい」と絶賛してくれました。
その後、LupoのシェフがSAKEにハマッたかどうかは分かりませんが、彼にとって忘れられない感動の一杯として記憶に残ってくれればいいな・・・と願うばかりです。

ラスベガスのイタリアンLupoのシェフに喜久酔普通酒を勧めた。右が平野さん
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美酒の記憶とは、造り手が売り手へ、売り手が飲み手へとつないだ「美味しい酒が、もっと美味しくなるように」という心のバトンリレー。地元の酒はバトンタッチまでの距離が短い分、見えてくる心象もクリアです。
酒蔵の仕込み作業はほぼ終わりましたので、造り手が売り手や飲み手と交流する機会も増えるでしょう。チャンスを活かし、ぜひとも多くの美酒体験を楽しんでくださいね。

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今回は本ではなく、本筋に戻ってお酒の紹介といきましょう。
こういう肩書きで活動している宿命といいますか、初対面の人に「しずおか地酒研究会主宰」の名刺を渡すと、十中八九、「どの銘柄がおすすめですか?」と訊かれます。○○○が好きだとしても、○○○が去年と今年では味が違うかもしれないし、○○○の大吟醸か純米酒か本醸造かでも違います。「○○○は、大吟はいいけど純米はブレがある」・・・な~んて通ぶった答えをしても、質問者を戸惑わせるような気がする。自分はプロの評論家でもきき酒師でもないし、結局、自分の体験しか使える物指しがありません。そこでおすすめ銘柄を問われたときは、自分が直近で飲んで感動した銘柄を挙げるようにしています。
今回も、25年の酒歴で、質問されるたびに答えた記憶に残る美酒を思い起こしてみます。
最近一番感動したのは、先月、下田の蕎麦処『いし塚』で飲んだ『國香』(袋井市)の特別純米。繊細な香味が絶妙に調和し、私が何より國香らしいと感じる、ノド越しがストンと落ちる“さばけの良さ”が見事に表現されていました。目隠しして飲んだら十中八九、純米大吟醸だと答えるでしょう。この酒質を純米酒クラスで発揮できる蔵元杜氏・松尾晃一さんの力量に改めて敬服、というか、本当に「出会えてよかったぁ」と心から感動しました。
いし塚で味わえる國香
これに加え、酒肴のいし塚特製・蕎麦味噌が、國香のキレ味をやわらかく包み込んでくれます。キレ味がなくなるのではなく、内に秘められていた酒の旨味が、蕎麦味噌の旨味に刺激され、表に顔を出したという感じ。醗酵物同士の旨味ですから相性は申し分ありません。
下田を訪ねる機会がありましたら、ぜひ『いし塚』で味わってみてください。
◆いし塚の紹介記事はこちら ≫http://www.at-s.com/gourmet/featured/jizake/vol162.html
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記憶に残る最も古い感動体験というと、1989年春、初めて『開運』(掛川市)の土井酒造場を訪ねたとき、試飲させてもらった搾りたての大吟醸。思わず、「こんなに美味い酒、今まで飲んだことがない!」と叫んでしまい、蔵元の土井さんに「この程度で満足してもらっては困るんだが」と苦笑いされました。
初めてまともに味わった搾りたての大吟醸。そのフルーティーでみずみずしい香りと、アルコールとは思えない清冽な口当たりに、これが本当に水と米と米麹だけで造った飲み物なのかとただただ驚愕しました。それなのに、「この程度で満足するな」とはいかなる意味か・・・。土井さんの苦笑いに、こちらも「ハハハ」とごまかし笑いで返したものの、脳裏は「?」マークで一杯でした。搾ったばかり酒が、濾過や加水や火入れ処理され、熟成を経て、さらに酒質が向上するということを、この時点ではまったく理解できていなかったのです。
いずれにしても、仕込み現場で初めて味わった搾りたての酒が、開運の大吟醸だったというのは、今思えば大変な幸運でした。「酒のファンを増やすには、最初の感動体験が大事だ」と考え、執筆活動のみならず実体験を共有できる場をつくろうと研究会を構想したのは、まさに自分自身のこの体験からでした。
『開運』に合う酒肴は、それこそ枚挙に暇はありませんが、個人的に思い入れがあるのは、鮨屋『陣太鼓』(静岡市葵区昭和町)で味わうワサビ巻き。出会ったのは、ちょうど開運を訪ねたちょうどこの頃で、「ワサビを巻くだけの寿司があるんだ」と目を白黒させ、大人の味覚を一つ覚えた気分になりました。『陣太鼓』は開運が全種類飲める鮨屋さんです。ぜひお味見ください。
陣太鼓で飲める開運全種
◆陣太鼓の紹介記事はこちら ≫http://www.at-s.com/gourmet/featured/jizake/vol81.html
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静岡県酒造組合では毎年10月1日(日本酒の日)に『静岡県地酒まつり』という県内全蔵が一堂に介する大試飲会を開催しています。以前、このイベントで何年か続けて燗酒をふるまうブースをお手伝いしたことがありました。
「かんすけ」という錫製の燗付け器をお湯で温め、温度計で慎重に測りながらのお燗番役。お客さんのほとんどは、各蔵元ブースに並ぶ豪華ラインナップをはしご呑みするのに必死で、ふだん呑み価格の酒が並ぶ燗酒ブースはヒマだったんですが、私にとっては、県内全銘柄をいっぺんに、しかも自分の好みの温度で燗付けして試飲できる夢のようなブースです。冷やかしに来る蔵元や顔なじみの酒徒たちで、いつの間にか内輪の立ち飲みカウンターみたいになっていました(苦笑)。
静岡県地酒まつりの燗酒ブース。燗付け器「かんすけ」の営業さんと
初めて燗酒ブースが設置された2004年の『静岡県地酒まつり』で、いきなり、燗上がりする素晴らしい酒を発見しました。『白隠正宗』(沼津市)の純米酒です。少し温めると角がとれるのか酒質全体が丸くなり、旨みがじんわり口中に広がる。それでいて後味がすっきり。前述のとおり、この後味すっきりのさばけ感が、自分の何よりのお好みポイントで、燗酒でこれだけきれいにさばける酒に出会えたのは大きな収穫でした。
冷やかしに来た『小夜衣』の蔵元森本均さんに試飲してもらったら、人前では他人の酒をめったに褒めない森本さんが「いい酒だ」と満足してくれました。きき酒名人で知られる森本さんに自分が褒められたような気分になり、その時から、自分の脳裏に「燗酒には白隠の純米」と刷り込まれてしまいました。
白隠正宗は沼津の地酒ですから、やっぱり沼津の魚料理と相性バツグンです。中でも純米酒は煮魚がベストマッチ。おすすめは漁師居酒屋『さえ丸おじさんの店』(沼津市)。

煮魚と相性バツグンの白隠正宗
◆さえ丸おじさんの店の紹介記事はこちら
≫http://www.at-s.com/gourmet/featured/jizake/vol165.html
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2004年の静岡県地酒まつりでは、忘れられない燗酒がもう一つありました。満寿一(静岡市葵区)の蔵元増井浩二さんが、「これ、燗付けてみて」と持ってこられたのは、なんと『満寿一大吟醸』。大吟醸というのはフルーティーな吟醸香を楽しむ酒で、燗をつけると香りが飛んでしまうため、冷酒で飲むのが常道だとされていますが、蔵元自ら、道を外れよ、とのお達し。実は私もひそかに「遊びで大吟を燗付けよ、なんて言って来る猛者はいないかなあ」と期待していたのです。それが、数多くの商品ラインナップを持つ規模の大きな蔵元ではなく、小規模の部類に入る満寿一さんだったのが意外でした。
増井さんは昨年、49歳の若さで急逝しました。静岡県で唯一残った杜氏集団・志太杜氏を雇用し続け、志太杜氏最後の一人が引退した後は自ら杜氏となって伝統を守った信念の酒造家でした。そんな彼が大吟醸片手に、悪戯小僧のような笑顔で燗酒ブースにやってきたあの日のことは、今でも忘れられません。
満寿一は、安倍川の軟らかな水質と増井さんの骨太な性格が融け合った“細マッチョな酒だ”と勝手に思っていましたが、温めると筋肉が弛緩する感じ。増井さんが隠し持っていた優しい人柄がにじみ出てくるんでしょう・・・。増井さんの笑顔にも、満寿一の味にも二度と会えないと思うと本当に残念でなりません。
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『國香』の松尾晃一さんと、『満寿一』の増井浩二さんは、静岡酵母の開発者で静岡吟醸造りの指導者でもある河村傳兵衛さんの“直弟子”です。松尾さんが『傳一郎』、増井さんが『傳次郎』という杜氏名を授かっており、松尾さんの『傳一郎』は純米吟醸酒の酒銘にもなっています。
河村さんの三番目の直弟子が、『喜久醉』の蔵元杜氏・青島孝さん。満寿一が昨年廃業した後、増井さんが使っていたタンクや甑(こしき)を譲り受け、いつにも増して今期の仕込みに精魂を込め、静岡県清酒鑑評会で見事、県知事賞を受賞しました。彼には『傳三郎』という杜氏名が与えられ、県知事賞を2度も獲得していますが、「まだ酒銘に出来るほどの腕はない」と謙虚に語ります。
『國香』『喜久醉』は、JR静岡駅ビルASTY東館の居酒屋『魚河岸大作』で鮮度バツグンの地魚と一緒に味わえます。大作は、『満寿一』一種だけをずっと扱ってきた店ですが、満寿一廃業となり、在庫もなくなってからは、ともに「傳」の杜氏名を授かった兄貴分の國香、弟分の喜久醉を置くようになりました。この2蔵がブレずに美酒を醸し続ける限り、この店における満寿一の記憶もなくならない、と信じています。
魚河岸大作の看板銘柄だった満寿一
◆魚河岸 大作の紹介記事はこちら
≫http://www.at-s.com/gourmet/featured/jizake/vol65.html
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青島さんは2004年から杜氏を務めていますが、私が最初に感動した『喜久醉』は、1963年から2003年まで青島酒造の杜氏を務めた富山初雄さん(南部杜氏=岩手県出身)の手による普通酒や特別本醸造でした。醸造アルコールを添加した、いわゆる“アル添酒”です。
日本酒ファンの中には、「アルコールを米と米麹だけで自然発酵させる純米酒こそ正しい日本酒であり、使用米の量を減らしてコストを下げ、代わりに出来合いのアルコールを加えるなんて不純な造り方だ」と主張する人は少なくなく、純米酒しか扱いませんという酒屋や飲食店、また最近では純米酒しか造りません、という酒蔵も増えているようです。
それでも私は富山さんの酒で覚えたアル添酒の美味しさに魅了され続けています。初めて喜久醉特別本醸造を飲んだときは、本当は吟醸酒に入れ替えて飲まされたのではないかと思うほど洗練されていました。普通酒を飲んだときは、「こんな美味しい酒を普通酒として売って蔵の儲けになるのか・・・」と素人ながら心配したほど。
最近、インスタントラーメンの世界で、生麺と見紛う美味しい袋麺が出始めていますよね。高い品質と価格の手軽さを両立させようと各社が開発努力をした成果でしょう。ジャンルは異なりますが、美味しくてリーズナブルなアル添酒が造れるというのも、蔵元の技術力の証明ではないか、と思っています。
青島さんが杜氏を引き継いだ後は、喜久醉のアル添酒もさらに一層、磨きがかかり、目隠しで飲めば普通酒が吟醸酒に、特別本醸造は大吟醸と言われても疑わないクオリティーです。となると、吟醸酒や大吟醸はもっと上のレベルを目指さなければならないわけで、「“傳三郎”を易々と名乗れない」と語った青島さんの目標の高さや“求道者”ぶりに唸ってしまいます。
昨年8月、平野斗紀子さんとアメリカを旅行したとき、ラスベガスのマンダレイ・ベイ・ホテルのイタリアンレストランLupoで、シェフが気前よくサービスしてくれたので、お礼に、持参した『喜久醉普通酒』を試飲してもらったところ、「SAKEを飲むのは生まれて初めて!実にまろやかで美味しい」と絶賛してくれました。
その後、LupoのシェフがSAKEにハマッたかどうかは分かりませんが、彼にとって忘れられない感動の一杯として記憶に残ってくれればいいな・・・と願うばかりです。
ラスベガスのイタリアンLupoのシェフに喜久酔普通酒を勧めた。右が平野さん
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美酒の記憶とは、造り手が売り手へ、売り手が飲み手へとつないだ「美味しい酒が、もっと美味しくなるように」という心のバトンリレー。地元の酒はバトンタッチまでの距離が短い分、見えてくる心象もクリアです。
酒蔵の仕込み作業はほぼ終わりましたので、造り手が売り手や飲み手と交流する機会も増えるでしょう。チャンスを活かし、ぜひとも多くの美酒体験を楽しんでくださいね。
Posted by 日刊いーしず at 12:00