2014年05月12日
第25回 杜氏の矜持
酛摺り唄を実演する(菊正宗資料館)
先月、日本を代表する酒の産地・神戸の灘五郷と呼ばれる地区を歩いてきました。『白鶴』『菊正宗』『沢の鶴』等テレビコマーシャルでおなじみのナショナルブランドが、製造工場に併設するかたちで酒造資料館を設置し、酒造りの歴史や文化を紹介しているのです。
初めて灘を訪ねたのは阪神淡路大震災前でしたが、震災を契機に地区全体の再開発が進み、産業観光ルートとして整備され、外国人観光客ツアーのバスも何台か見かけました。各蔵とも入場無料で試飲も楽しめますので、関西方面を観光する機会がありましたら、ぜひ立ち寄ってみてください。
履物の位置でわかる酒蔵職人の職能ランク(白鶴酒造資料館)
◆灘五郷酒造組合公式サイト(こちら)
◆灘の酒蔵観光ルート/神戸観光コンベンション協会サイト(こちら)
この時期、酒造資料館を訪ねたのは、前回も触れたように、杜氏や蔵人の職能というものを再認識する機会が続いたからでした。
当ブログの第20回南部杜氏(記事はこちら)で報告のとおり、『正雪』醸造元・神沢川酒造場(静岡市清水区由比)の杜氏山影純悦さん(81)が「卓越した技能者(現代の名工)」に選ばれ、4月14日、JR静岡駅前のグランディエールブケトーカイで祝賀会が開かれました。当日は酒造関係者をはじめ、正雪の取引先酒販店や飲食店、正雪ファンの愛飲家など約200名が山影さんの受賞をお祝いしました。
約200人が山影さんをお祝いをしました
長年、酒の取材をしていますが、酒蔵の外にはめったに出てこない杜氏さんが主役の大宴会というのは初めてかもしれません。この日は『磯自慢』の多田信男さん、『萩錦』『富士錦』の小田島健次さん、『富士正』の八重樫次幸さんなど山影さんと同郷の南部杜氏や、前回記事で紹介した『花の舞』の土田さん(静岡県杜氏研究会会長)も顔をそろえました。大勢の蔵元さんに一度にお会いする機会は、地酒まつり等さまざまありますが、複数の杜氏さんとご一緒できる機会は、本当にめったにないことです。静岡県の酒蔵から初めて〈現代の名工〉を輩出した、まさに県の酒造史に残る出来事なのだと心底感動しました。
山影さんが授与された卓越技能(現代の名工)章
祝賀会に参加した酒徒たちの多くが、二次会・三次会で「山影さんのスピーチに感動した」と話していました。私は写真を撮るのに必死でちゃんと聴けなかったので、後日、神沢川酒造場へ「山影さんのスピーチ原稿を読ませてほしい」とずうずうしいお願いをしたところ、岩手に帰郷された山影さんから直筆のスピーチ原稿が送られてきました。ブログでの掲載をお許しいただきましたので、ここに全文を紹介します。
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感謝のスピーチをする山影さん
神沢川酒造場の杜氏山影純悦でございます。ひと言お礼を申し上げます。
今日4月14日のカレンダーをのぞいてみましたら、「一粒万倍の日」とありました。そして「大安」「工夫は無限に有る」と書かれています。私が大事にしている好きな言葉です。
競技と呼ばれるものには必ずゴールがあります。しかし酒造りにはゴールがございません。前だけを見つめ、ただひたすら、これからも皆様に喜ばれる静岡県産酒を醸し続けて行きたいと考えております。
今日の佳き日にお忙しい中、そして様々なお立場の皆様が遠路お出ましいただき、このように盛大なお祝いをしていただけますことに心より感謝を申し上げます。
昨年11月7日、東京都内のホテルにおいて厚生労働大臣より卓越技能・現代の名工の表彰を受けてまいりました。受賞後は皆々様よりお祝いの花や祝電や記念品等のお心遣い、そして励ましのお言葉をいただきました。身に余る光栄でございます。これも県酒造組合様、県杜氏研究会様のご推薦と後押しのおかげ、また私の元で力を貸してくれた頭(かしら)以下、蔵人のおかげと感謝しているところです。県酒造組合の小沢事務局長様には何かとご苦労をいただき、お世話になりましたこと、この場をお借りし、お礼申し上げます。本当にありがとうございました。
私は昭和26年、先輩方の勧めで酒造りの仕事に入りました。一人前の酒造り職人になりたい夢を持ちながら10年余り。昭和38年、茨城県の田中酒造様で杜氏として酒造責任者の道を歩むことになりました。
さまざまな苦労が押し寄せてきたこともありましたが、つねに気持ちを前に置き、攻めの忘れず立ち向かいました。ほどほど失敗に近い経験もありましたがこれをバネに己を見つめ、そして翌年の光を求めて頑張り続け、現在に至っております。
初めて造った吟醸酒は薄辛く、香りも今いちでガッカリしましたが、上槽後の熟成が良く、県清酒鑑評会に出品したところ、想像だにしなかった首席の栄誉に輝きました。生まれて初めて賞状というものを手にし、夢心地だったこと、今でも鮮明に目に浮かんでまいります。
酒の名前を賜る杯と書いて『銘酒賜杯』と読みます。「首席賜杯、山影純悦」と呼ばれ、壇上で賞状をいただきました。『賜杯』の賞状を手にするのはお相撲さんと杜氏だけ。宝物として大事にしています。
神沢川酒造場様に縁がございまして、昭和57年から家族のように、酒造りが終わって岩手に帰るときは「行ってらっしゃい」、秋に蔵入りするときは「お帰り」と迎えられています。
日本酒にはいろいろなタイプの酒がございます。私も少し変わったタイプの正雪に挑戦してみたことがあります。これを東京の取引先の酒販店様に唎いていただいたところ、「これは正雪ではない、これならわざわざ正雪を求めなくてもよい」とお叱りをいただきました。本来の正雪を、再度、唎いていただいたところ、「安心した、これぞ正雪だ」とおっしゃっていただき、喜んで帰ってきたことを覚えています。
これからも今の正雪で、ずっとずっと皆様に愛飲される正雪を蔵人一丸となって気を緩めずに造り続けていくことを、ここにお誓いいたします。どうぞご愛飲くださいますよう、重ねてお願い申し上げます。
私は故郷岩手に、酒造りを終えて4月半ばに帰りますが、故郷では酒造好適米の『吟ぎんが』という酒米を生産しております。日本酒とは切っても切れない仕事をするために、この世に生を受けてきたのだと思い、頑張っております。
大吟醸や純米吟醸、夏用の生酒等、自分で生産した米を原料として、皆様に愛飲していただく静岡県産酒『正雪』を造っております。生涯をこの道一筋に、皆様に愛され、生きて行きたいと励んでいるところであります。
従業員・蔵人全員からはメッセージ入りの記念品をいただきました。
「このたびはおめでとうございます。これからもお身体に気をつけて、正雪の味を全国に広げましょう」(山本君)、「早いですね、杜氏さんと仕事をさせていただいて23年になります。一緒に仕事が出来ることを誇りに、これからも頑張ります」(笠井さん)・・・時間の関係で全員のメッセージは紹介できませんが、私の胸にしっかりコピーして大事にしまっておきます。
従業員の皆さん、蔵人の皆さん。これからも喜ばれる正雪を造っていくことに力を貸してください。そして今日、このように盛大な祝賀会を企画実行していただきました神沢川酒造場様に心より感謝申し上げます。
正雪をこよなく愛してくださる皆様、応援してくださる皆様、正雪に期待をしてくださる皆様、今日ここにお祝いに駆けつけてくださいました皆様方に心から感謝を申し上げ、結びの言葉とさせていただきます。本当にありがとうございました。
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19歳で蔵入りし、81歳で〈現代の名工〉に選ばれるまでの“酒造道”を数分のスピーチで伝えるのは難しかったと思いますが、「これぞ正雪」と飲み手を唸らせる酒質をブレることなく醸し続けるには、ご自身がブレのない、筋の通った生き方を貫かねば、成し得ないことでしょう。当日の山影さんの朴訥とした語り口を思い起こしながら、改めて、職人としての矜持、というものを感じました。
灘の酒造資料館を訪ねたのは、祝賀会が終わって5日後のこと。展示されている古い酒造道具を眺めていると、大量の米と水に対峙するための“武器”を使いこなそうと格闘し、改良を重ねてきた職人たちの背が目に浮かんできました。一人では手に負えそうもない、しかも今のようにスイッチ一つで動くわけではないオール手動の道具や装置を目の当たりにすれば、酒造りとは蔵人同士のチームワークが何より大切であると一目瞭然です。
杜氏は人一倍の心労に耐え、雇用主(蔵元)や客(取引先)の注文に応えなければなりません。山影さんが背負い、引き継いできたものも、酒蔵で人生の大半を過ごした歴代杜氏たちが守り続けてきた矜持に違いありません。
「日本酒とは切っても切れない仕事をするために生を受けた」と明言し、「ずっとずっと皆様に愛飲される正雪を、蔵人一丸となって気を緩めずに造り続けていくことを誓う」と言い切った山影さん。このような造り手が支える静岡の酒を、改めて、頼もしく、誇らしく思います。
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前回お知らせのとおり、しずおか地酒研究会では、浜松市で開催中の浜名湖花博2014はままつフラワーパーク会場で、5月17日に地酒サロンを開催します。ぜひふるってお越しください。
しずおか地酒サロンIN花博2014 特別トークセッション
「杜氏と樹木医 自然の育ちによりそう力」
青島傳三郎(『喜久醉』蔵元杜氏)× 塚本こなみ(樹木医・はままつフラワーパーク理事長)
・内容/青島さんと塚本さんの対談、喜久醉の試飲、地酒ドキュメンタリー『吟醸王国しずおか』パイロット版(20分)上映
・日時 2014年5月17日(土) 14時~16時(開場13時30分)
・会場 はままつフラワーパーク内 花みどり館2階セミナールーム
・交通 JR浜松駅・バス1番乗り場より「舘山寺行き」約40分、「フラワーパーク前」下車(浜松駅からは約10分ごとに出発します)
・事前申込不要(満席の場合は入場をお断りする場合があります)
・参加無料(花博入園料大人800円がかかります)
・問合せ しずおか地酒研究会(鈴木真弓)
メールアドレスはこちら msj◆quartz.ocn.ne.jp
※上記アドレスの◆の部分を半角の@に変えてお送りください。
「杜氏と樹木医 自然の育ちによりそう力」
青島傳三郎(『喜久醉』蔵元杜氏)× 塚本こなみ(樹木医・はままつフラワーパーク理事長)
・内容/青島さんと塚本さんの対談、喜久醉の試飲、地酒ドキュメンタリー『吟醸王国しずおか』パイロット版(20分)上映
・日時 2014年5月17日(土) 14時~16時(開場13時30分)
・会場 はままつフラワーパーク内 花みどり館2階セミナールーム
・交通 JR浜松駅・バス1番乗り場より「舘山寺行き」約40分、「フラワーパーク前」下車(浜松駅からは約10分ごとに出発します)
・事前申込不要(満席の場合は入場をお断りする場合があります)
・参加無料(花博入園料大人800円がかかります)
・問合せ しずおか地酒研究会(鈴木真弓)
メールアドレスはこちら msj◆quartz.ocn.ne.jp
※上記アドレスの◆の部分を半角の@に変えてお送りください。
Posted by 日刊いーしず at 12:00