2014年10月24日
第30回 マッサンと酒造り唄
今秋から始まったNHKの朝ドラ【マッサン】。ニッカウヰスキーの創業者竹鶴政孝とリタ夫人をモデルに、夫婦善哉とプロジェクトXを融合させたようなお話で、毎日楽しみに観ています。折々に歌がバックボーンになっているようで、日本でもおなじみのスコットランド民謡「蛍の光」や「埴生の宿」、当時の流行歌「ゴンドラの唄」などが効果的に使われていますね。
私がビビッときたのはマッサンの実家の造り酒屋が舞台となった第一週で、杜氏や蔵人が酛摺り唄(もとすりうた)を歌っていた酒の仕込みシーンでした。
酛摺り唄というのは、酛=酒母を造るときの、作業のリズム、時間間隔、はたまた蔵人同士の“気合注入”を兼ねた作業唄。お百姓さんの「田植え唄」「籾摺り唄」、木こりさんの「木挽き唄」、漁師さんの「櫓漕ぎ唄」と同じです。
私は制作中の地酒ドキュメンタリー【吟醸王国しずおか】のパイロット版で、冒頭に、磯自慢酒造の杜氏・多田信男さんが歌った南部杜氏の酛摺り唄(酛搗き唄)を挿入しました。
ヤーアレとーろりナンセーエエ エーエエとーろりとーヤーエ
ハーヨイトコリャ サッサ 出た声なれば
ヤーアレとー 声を ナンセーエエ えーええとられた ヤーエ
ハーヨイトコリャ サッサ 川風に
揃た 揃たと 仲搗き揃うた 秋の出穂より なおそろた
<出典「日本の酒造り唄」 版田美枝著 チクマ秀版社>
マッサンの実家は広島の竹原ですから、ドラマで使われた酛摺り唄は竹原杜氏の唄だと思います。竹原杜氏組合はその後、西条杜氏組合と合併し「広島杜氏」となりました。版田美枝さんの「日本の酒造り唄」に紹介されている広島杜氏の唄は、歌詞から想像しておそらく旧西条杜氏のものではないかと思いますが、紹介しておくと―
ハァー 安芸のー ヨーホイ ヨーヨイ 宮島の ヨーホイ
ヨイヤナ ヨイヤナ 廻れば ヤレ 七里 ヨーホイ
ハアー 浦ーヨーヨイ ヨーヨイ 七里の ヨーホイ
ヤレ 七恵比寿 ヤレサノセイ ショウガエー
活字で読もうとするとピンときませんが、桶の中に櫂を入れる蔵人さんたちが、歌いながらリズムと時間を計っている光景を想像してみてください。歌詞をみるだけでも、南部(岩手)と広島、杜氏流派によって造り方が違うんだと判ります。とりわけ、酛(酒母)という酒造りの中でも要の作業で歌われる唄ですから、唄が違えば酒が違うのも道理だ、と思えるのです。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
酛(酒母)造りとは、密室でもなくタンクに蓋もかぶせない完全開放状態の仕込み蔵で、雑菌の繁殖を防ぎ、優良酵母を安定的に醗酵させるために欠かせない「乳酸」を造る作業です。酵母を正しく働かせるために、小さいタンクから大きなタンクへと少しずつ“拡大培養”させるのですが、最終的に1本のタンクのもろみに使われる米の約7%の蒸米&麹米で酵母を培養させます。文字通り酒の母となる最初の小仕込みで、ここでしっかり「乳酸」を造らなければなりません。
乳酸を造る方法は、現代では既成の乳酸菌を添加する「速醸酛」が主流ですが、鎌倉~南北朝時代は「水酛(菩提酛)」という造り方。米を水に漬けて、別に10分の1の米を飯に炊いてザルor木綿袋に入れ、一緒に米に漬ける。3~6日経つと浸漬水に乳酸菌が繁殖して酸っぱくなるので、この水を仕込み水として前述の米を蒸し、麹とともに仕込んだ。これが「生酛(きもと)」の原型とも言われています。
生酛造りを簡単に紹介すると、半切り桶に蒸米、米麹、水を仕込む。米が水を吸ったところで、蔵人が櫂をそろえて米をすり潰す。このとき歌うのが「酛摺り唄」です。
櫂入れ作業は非常に面倒なもので、仕込み後9~11時間で最初の荒櫂(半切り1枚あたり3人で10分間)を入れ、その5時間後に2番櫂(3人で10分)、さらに3時間後に3番櫂(2人で10分)を入れる。寒い冬場に真夜中や早朝にかけ、多くの労力を要する過酷な作業で「山卸し」とも呼ばれていました。
20日くらい置くと甘くなるので、壺代と呼ばれる酛桶に移し、暖気樽(湯たんぽ)を使って少しずつ温度を上げる。この間に乳酸菌が生成されます。ちなみに後に発明された「山廃酛」とは、山卸し作業を廃止した、という意味ですね。

写真は【吟醸王国しずおか】で撮影した杉錦の生酛造りの光景。蔵元杜氏の杉井均乃介さんです。ちなみに唄は歌っていませんでした(笑)。
マッサンの主人公は、新しい酒造りに挑戦していきます。彼の場合は日本酒から離れてしまいますが、日本酒造りの中でも技術革新は繰り返されてきました。酛造りの変遷はその典型でしょう。
乳酸菌を添加するだけの「速醸酛」全盛の今、杉井さんのように、あえて「菩提酛」「生酛」「山廃酛」を復活させる蔵元も出てきました。これは単なる回顧主義というよりも、革新の原点を識ることで、新しい酒造りのヒントにしようとする酒造家のDNAの成せる技かもしれません。
1000年以上も前の技術を復活させ、大衆商品化できるなんて、他の産業ではなかなか出来ないことです。自信をもって、大いに頑張ってほしいと思います。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
≪ お知らせ ≫
しずおか地酒研究会では10月31日・11月1日・2日に両替町通りハロウィンパレードに参加するコミュニティカフェ「くれば」と共同で試飲イベントを開催します。大道芸やハロウィンパレード見物のついでに、ぜひお立ち寄りくださいませ!
しずおか地酒サロン飛び入り企画
両替町通りハロウィンパレード参加店「くれば」主催
地酒deハロウィン のみにくれば
◆料金 お一人 1000円 (地酒2種、酒肴3種セット)
【吟醸王国しずおかパイロット版】随時上映
◆日時 2014年10月31日(金)、11月1日(土)、2日(日) 18:00~21:00
予約は要りません。時間内に自由にお越しください。
◆場所 シニアライフ支援センターくれば
静岡市葵区両替町2-3-6(両替町通り大原ビル) TEL 054-252-8018
>クリックすると地図ページが開きます
◆主催 NPO法人静岡団塊創業塾 管理運営「シニアライフ支援センターくれば」
◆協力 しずおか地酒研究会
私がビビッときたのはマッサンの実家の造り酒屋が舞台となった第一週で、杜氏や蔵人が酛摺り唄(もとすりうた)を歌っていた酒の仕込みシーンでした。
酛摺り唄というのは、酛=酒母を造るときの、作業のリズム、時間間隔、はたまた蔵人同士の“気合注入”を兼ねた作業唄。お百姓さんの「田植え唄」「籾摺り唄」、木こりさんの「木挽き唄」、漁師さんの「櫓漕ぎ唄」と同じです。
私は制作中の地酒ドキュメンタリー【吟醸王国しずおか】のパイロット版で、冒頭に、磯自慢酒造の杜氏・多田信男さんが歌った南部杜氏の酛摺り唄(酛搗き唄)を挿入しました。
ヤーアレとーろりナンセーエエ エーエエとーろりとーヤーエ
ハーヨイトコリャ サッサ 出た声なれば
ヤーアレとー 声を ナンセーエエ えーええとられた ヤーエ
ハーヨイトコリャ サッサ 川風に
揃た 揃たと 仲搗き揃うた 秋の出穂より なおそろた
<出典「日本の酒造り唄」 版田美枝著 チクマ秀版社>
マッサンの実家は広島の竹原ですから、ドラマで使われた酛摺り唄は竹原杜氏の唄だと思います。竹原杜氏組合はその後、西条杜氏組合と合併し「広島杜氏」となりました。版田美枝さんの「日本の酒造り唄」に紹介されている広島杜氏の唄は、歌詞から想像しておそらく旧西条杜氏のものではないかと思いますが、紹介しておくと―
ハァー 安芸のー ヨーホイ ヨーヨイ 宮島の ヨーホイ
ヨイヤナ ヨイヤナ 廻れば ヤレ 七里 ヨーホイ
ハアー 浦ーヨーヨイ ヨーヨイ 七里の ヨーホイ
ヤレ 七恵比寿 ヤレサノセイ ショウガエー
活字で読もうとするとピンときませんが、桶の中に櫂を入れる蔵人さんたちが、歌いながらリズムと時間を計っている光景を想像してみてください。歌詞をみるだけでも、南部(岩手)と広島、杜氏流派によって造り方が違うんだと判ります。とりわけ、酛(酒母)という酒造りの中でも要の作業で歌われる唄ですから、唄が違えば酒が違うのも道理だ、と思えるのです。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
酛(酒母)造りとは、密室でもなくタンクに蓋もかぶせない完全開放状態の仕込み蔵で、雑菌の繁殖を防ぎ、優良酵母を安定的に醗酵させるために欠かせない「乳酸」を造る作業です。酵母を正しく働かせるために、小さいタンクから大きなタンクへと少しずつ“拡大培養”させるのですが、最終的に1本のタンクのもろみに使われる米の約7%の蒸米&麹米で酵母を培養させます。文字通り酒の母となる最初の小仕込みで、ここでしっかり「乳酸」を造らなければなりません。
乳酸を造る方法は、現代では既成の乳酸菌を添加する「速醸酛」が主流ですが、鎌倉~南北朝時代は「水酛(菩提酛)」という造り方。米を水に漬けて、別に10分の1の米を飯に炊いてザルor木綿袋に入れ、一緒に米に漬ける。3~6日経つと浸漬水に乳酸菌が繁殖して酸っぱくなるので、この水を仕込み水として前述の米を蒸し、麹とともに仕込んだ。これが「生酛(きもと)」の原型とも言われています。
生酛造りを簡単に紹介すると、半切り桶に蒸米、米麹、水を仕込む。米が水を吸ったところで、蔵人が櫂をそろえて米をすり潰す。このとき歌うのが「酛摺り唄」です。
櫂入れ作業は非常に面倒なもので、仕込み後9~11時間で最初の荒櫂(半切り1枚あたり3人で10分間)を入れ、その5時間後に2番櫂(3人で10分)、さらに3時間後に3番櫂(2人で10分)を入れる。寒い冬場に真夜中や早朝にかけ、多くの労力を要する過酷な作業で「山卸し」とも呼ばれていました。
20日くらい置くと甘くなるので、壺代と呼ばれる酛桶に移し、暖気樽(湯たんぽ)を使って少しずつ温度を上げる。この間に乳酸菌が生成されます。ちなみに後に発明された「山廃酛」とは、山卸し作業を廃止した、という意味ですね。
写真は【吟醸王国しずおか】で撮影した杉錦の生酛造りの光景。蔵元杜氏の杉井均乃介さんです。ちなみに唄は歌っていませんでした(笑)。
マッサンの主人公は、新しい酒造りに挑戦していきます。彼の場合は日本酒から離れてしまいますが、日本酒造りの中でも技術革新は繰り返されてきました。酛造りの変遷はその典型でしょう。
乳酸菌を添加するだけの「速醸酛」全盛の今、杉井さんのように、あえて「菩提酛」「生酛」「山廃酛」を復活させる蔵元も出てきました。これは単なる回顧主義というよりも、革新の原点を識ることで、新しい酒造りのヒントにしようとする酒造家のDNAの成せる技かもしれません。
1000年以上も前の技術を復活させ、大衆商品化できるなんて、他の産業ではなかなか出来ないことです。自信をもって、大いに頑張ってほしいと思います。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
≪ お知らせ ≫
しずおか地酒研究会では10月31日・11月1日・2日に両替町通りハロウィンパレードに参加するコミュニティカフェ「くれば」と共同で試飲イベントを開催します。大道芸やハロウィンパレード見物のついでに、ぜひお立ち寄りくださいませ!
しずおか地酒サロン飛び入り企画
両替町通りハロウィンパレード参加店「くれば」主催
地酒deハロウィン のみにくれば
◆料金 お一人 1000円 (地酒2種、酒肴3種セット)
【吟醸王国しずおかパイロット版】随時上映
◆日時 2014年10月31日(金)、11月1日(土)、2日(日) 18:00~21:00
予約は要りません。時間内に自由にお越しください。
◆場所 シニアライフ支援センターくれば
静岡市葵区両替町2-3-6(両替町通り大原ビル) TEL 054-252-8018
>クリックすると地図ページが開きます
◆主催 NPO法人静岡団塊創業塾 管理運営「シニアライフ支援センターくれば」
◆協力 しずおか地酒研究会
Posted by 日刊いーしず at 12:00