2013年12月27日
第23回 かしこい酔い方
先日、取材で浜松商工会議所会頭の大須賀正孝氏から面白いお話をうかがいました。ご自身の会社では、次年度の利益目標を年始の宴席で立てるというのです。「会議室でしかめっ面をつき合わせて議論しても無難な数字しか出てこない。それでは企業は成長しない。経営幹部には、酒を飲んで気持ちが大きくなったところで、とんでもない数字を出させる。酔いが冷めて“実行不可能です”と青くなっても、本当に不可能な数字かどうか、皆で改めて冷静に分析し、一緒に方法を考え、実現させる」とのこと。実際、飲んだ勢いで決めた目標値-想定の倍額に向かって社内でムダを徹底的に絞り出すため日割り決算をし、日中の照明をこまめに消したりパート社員の残業を若干減らすなどして見事達成したそうです。
これまで、飲みすぎて失敗した話はゴマンと聞いてきましたが、大須賀会頭のこのお話は実に痛快でした。そう、酒には本当にいろいろな“効能”があるんです。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
年末年始、何かと酒量が増える季節。新酒が出揃い、日本酒の世界も活況をみせます。造り手が丹精込めて醸した美酒。その実力をあますところなく堪能するには、まず我々飲み手の体調が万全であることが必須でしょう。
私の場合、宴席がある前の晩は、酒風呂に入って体調を整えます。少しぬるめの湯船にコップ2~3杯の日本酒を入れるだけ。血圧が安定し、湯冷めがしにくく、お肌もしっとり。ポカポカ気分で布団に入れます。本当は毎晩やりたいけど、適度に余り酒があるときだけのゼイタクです。
「今日は量を飲むな」と判っている日は、お昼や午後のデザートで乳製品を採るなどして胃に保護粘膜をつくっておきます。
きき酒を目的とした宴席では食事はほとんど採らず、続けざまに何種類も試飲します。でもこれは酒を試すときの飲み方であり、酒を楽しむときにはNGですね。
アルコールは十二指腸と小腸で吸収され、血液の流れに乗って全身に回る。そうして少しずつ血中アルコール濃度が高まり、“酔い”を自覚します。
しかし、飲むピッチが早くなったり量がかさむと、アルコールの吸収→巡回→酔いの自覚までのタイムラグが無視され、酔いを自覚する前に、知らず知らずに適量をオーバーし、結果的に悪酔いに陥ってしまいます。これを防ぐ意味でも、何かを食べながら飲む、ということが大事。アルコールは食べ物と一緒に胃にしばらく留まるので、吸収がゆるやかになるようです。
よく、日本人の一日あたりの適量は、日本酒なら2合まで、ビールなら大瓶2本まで、ワインならグラス2杯まで、焼酎やウイスキーの水割りなら3杯まで。これを1時間ぐらいかけて飲むのがベターと言われます。私もですが、本コラムの読者諸氏も、「この程度の量じゃおさまらない」と苦笑いしていることでしょう。ならばこそ、いろいろな食事をバラエティよく揃え、会話で盛り上げるなどして、出来る限り、アルコールの吸収速度をゆったり長持ちさせる工夫が必要なんですね。
ちなみに、辻クッキングスクールの味田節子先生によると「メタボ改善や健康長寿のためには、“三低晩酌”がおススメ」とのこと。三低とは、ずばり【低糖・低塩・低カロリー】。日本酒は1合で180キロカロリー・糖分9グラムですから、この分を差し引いて晩酌メニューを考えればよいわけです。
外飲みのときは、朝や昼の食事でバランスをとるようにします。私自身、太りやすい体質なので、ダイエット中はかなり神経質になっちゃいますが、いちいち気にしてストレスを抱えるよりも、大雑把に、「ちょっとお昼軽くしとこう」「翌朝軽めにしよ」と考えるようにしています。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
日本酒の健康と効能については、秋田大学の滝澤行雄名誉教授の研究が知られています。おさらいしてみますと、
◆発ガン抑制
日本酒=肝臓によくないというイメージをもたれますが、実は、日本酒の消費量の多い東日本のほうが、西日本に比べて肝硬変や肝がんによる死亡率が低い。さらに日本酒の成分で膀胱がん、前立腺がん、子宮頸がんのがん細胞増殖抑制効果が認められた。日本酒にはアルコールのほか、有機酸、糖分、アミノ酸、ビタミン類など100種以上の微量成分が含まれ、これらががん細胞の萎縮や壊死を示す効果があると判明しています。
国立がん研究所の平山雄氏(故人)の研究により、毎日適量を飲酒する人は、まったく飲まない人に比べ、発ガンリスクが低いことも判明しています。おかずと一緒にいただく“晩酌”が健康効果と結びつき、大脳皮質を刺激してストレスを解消し、心の緊張をほぐすことも奏功しているのでしょう。
◆抗酸化作用
日本酒には悪玉コレステロールの酸化を防ぐ抗酸化作用があります。悪玉コレステロールは、酸化することで動脈硬化や心筋梗塞を引き起こすため、酸化を防ぐ効果が大事なんですね。
◆美肌効果
最近、大手化粧品メーカーでも“杜氏の手が白い”ことに着目し、麹酸を使った美白・保湿商品を大々的に宣伝していますが、日本酒の美肌効果は、昔から芸妓さんが日本酒を化粧水やパック代わりに使っていたことでも知られています。
私は酒風呂に入ったとき、風呂桶にお湯+純米酒コップ2分の1を溜めて洗顔マッサージをし、布巾を浸して即席パックをします。純米酒の無駄遣いと思われるかもしれませんが、化粧品代より安上がりだし(笑)、何より、口に入れるものだから安心安全です。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
民俗学者の石毛直道氏が、昭和45年頃にこんなふうに書いています。
「日本人全体としては、昔は毎日、酒に親しむことはなかったのでして、祭とか行事の際に酒は飲むものであり、飲んだら必ず酔ったものです。大勢で、ときたま集まって飲む酒の席では、酔ってなくても酔ったふりをするのが行儀というものでした。昭和20年代までは、とことんまで飲んで泥酔して、道路で寝ている人を見かけることは珍しくありませんでした。
現在、日本酒の消費量は膨大なものとなり、毎日酒を飲む人は珍しくありません。ビールはかつてのお茶代わりの飲み物に使われたりします。日本人は酒を常用化した社会に突入したのです。それでいて泥酔する人を見ることは少なくなりました。日本社会全体が生酔いの境地を楽しんでいる、といえそうです」。(『食事の文化』より)
ちょうどこの頃、日本酒の消費量のピークでした。それ以前は、農耕神事や冠婚葬祭のハレの日、ときたま、へべれけになるまでいただく特別な存在だった日本酒が、都市化した社会の中で身近な存在となり、大衆飲料になったのです。日本酒に対する儀式性や民俗的価値はだんだん薄れていきました。
大衆化を後押ししたのが、日本酒の生産技術やベンダー技術の向上です。醸造試験所の研究や成分分析機の開発、醸造用機械の改良等によって飛躍的に向上し、これに伴って梱包・流通のシステムも進化して、さまざまなサイズの瓶や容器が開発され、家庭で買い置きできる商品が増えた。これが晩酌や独酌といった日本酒ならではの飲酒スタイルにつながりました。
しかしこれも日本酒がアルコール市場のトップランナーにいて、造り手や売り手に勢いがあった頃の話。時代は大きく変わりました。日本酒の消費が落ち込む今、造り手や売り手の一方的な経済論理や押し付けは通用しなくなり、儀式性や民俗的価値を見直す動きも出てきています。全国各地で進む“日本酒乾杯条例”の制定も、儀式性の復活といえるでしょう。
ふたたび、へべれけになるまで泥酔する時代に戻るなんてことは不可能ですが、今の価値観や生活規範に外れない範囲でスマートに酔うことは、日本酒が本来持つ優れた効能を活かす意味でも進めていいんじゃないかと思います。
酔いにまかせて大きな気持ちになって、しらふではいえない大口を叩く・・・少なくとも年末年始ぐらいは、大いに許そうじゃありませんか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、2013年1月からスタートした本コラム、連載期間は1年のお約束でしたが、おかげさまで継続できることになりました。これも訪問してくださる皆さまのお支えあってのこと。本当にありがとうございます。
2014年からは月1回の更新になりますが、引き続きよろしくお願いいたします。酒縁に乾杯!
(参考文献)
知って得する日本酒の健康効果(日本酒造組合中央会刊)
『酔い』のうつろい~酒屋と酒飲みの世相史/麻井宇介氏 (日本経済評論社刊)
酒席に役立つ読む肴~サラリーマン酒白書(酒文化研究所刊)
これまで、飲みすぎて失敗した話はゴマンと聞いてきましたが、大須賀会頭のこのお話は実に痛快でした。そう、酒には本当にいろいろな“効能”があるんです。
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年末年始、何かと酒量が増える季節。新酒が出揃い、日本酒の世界も活況をみせます。造り手が丹精込めて醸した美酒。その実力をあますところなく堪能するには、まず我々飲み手の体調が万全であることが必須でしょう。
私の場合、宴席がある前の晩は、酒風呂に入って体調を整えます。少しぬるめの湯船にコップ2~3杯の日本酒を入れるだけ。血圧が安定し、湯冷めがしにくく、お肌もしっとり。ポカポカ気分で布団に入れます。本当は毎晩やりたいけど、適度に余り酒があるときだけのゼイタクです。
「今日は量を飲むな」と判っている日は、お昼や午後のデザートで乳製品を採るなどして胃に保護粘膜をつくっておきます。
きき酒を目的とした宴席では食事はほとんど採らず、続けざまに何種類も試飲します。でもこれは酒を試すときの飲み方であり、酒を楽しむときにはNGですね。
アルコールは十二指腸と小腸で吸収され、血液の流れに乗って全身に回る。そうして少しずつ血中アルコール濃度が高まり、“酔い”を自覚します。
しかし、飲むピッチが早くなったり量がかさむと、アルコールの吸収→巡回→酔いの自覚までのタイムラグが無視され、酔いを自覚する前に、知らず知らずに適量をオーバーし、結果的に悪酔いに陥ってしまいます。これを防ぐ意味でも、何かを食べながら飲む、ということが大事。アルコールは食べ物と一緒に胃にしばらく留まるので、吸収がゆるやかになるようです。
よく、日本人の一日あたりの適量は、日本酒なら2合まで、ビールなら大瓶2本まで、ワインならグラス2杯まで、焼酎やウイスキーの水割りなら3杯まで。これを1時間ぐらいかけて飲むのがベターと言われます。私もですが、本コラムの読者諸氏も、「この程度の量じゃおさまらない」と苦笑いしていることでしょう。ならばこそ、いろいろな食事をバラエティよく揃え、会話で盛り上げるなどして、出来る限り、アルコールの吸収速度をゆったり長持ちさせる工夫が必要なんですね。
ちなみに、辻クッキングスクールの味田節子先生によると「メタボ改善や健康長寿のためには、“三低晩酌”がおススメ」とのこと。三低とは、ずばり【低糖・低塩・低カロリー】。日本酒は1合で180キロカロリー・糖分9グラムですから、この分を差し引いて晩酌メニューを考えればよいわけです。
外飲みのときは、朝や昼の食事でバランスをとるようにします。私自身、太りやすい体質なので、ダイエット中はかなり神経質になっちゃいますが、いちいち気にしてストレスを抱えるよりも、大雑把に、「ちょっとお昼軽くしとこう」「翌朝軽めにしよ」と考えるようにしています。
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日本酒の健康と効能については、秋田大学の滝澤行雄名誉教授の研究が知られています。おさらいしてみますと、
◆発ガン抑制
日本酒=肝臓によくないというイメージをもたれますが、実は、日本酒の消費量の多い東日本のほうが、西日本に比べて肝硬変や肝がんによる死亡率が低い。さらに日本酒の成分で膀胱がん、前立腺がん、子宮頸がんのがん細胞増殖抑制効果が認められた。日本酒にはアルコールのほか、有機酸、糖分、アミノ酸、ビタミン類など100種以上の微量成分が含まれ、これらががん細胞の萎縮や壊死を示す効果があると判明しています。
国立がん研究所の平山雄氏(故人)の研究により、毎日適量を飲酒する人は、まったく飲まない人に比べ、発ガンリスクが低いことも判明しています。おかずと一緒にいただく“晩酌”が健康効果と結びつき、大脳皮質を刺激してストレスを解消し、心の緊張をほぐすことも奏功しているのでしょう。
◆抗酸化作用
日本酒には悪玉コレステロールの酸化を防ぐ抗酸化作用があります。悪玉コレステロールは、酸化することで動脈硬化や心筋梗塞を引き起こすため、酸化を防ぐ効果が大事なんですね。
◆美肌効果
最近、大手化粧品メーカーでも“杜氏の手が白い”ことに着目し、麹酸を使った美白・保湿商品を大々的に宣伝していますが、日本酒の美肌効果は、昔から芸妓さんが日本酒を化粧水やパック代わりに使っていたことでも知られています。
私は酒風呂に入ったとき、風呂桶にお湯+純米酒コップ2分の1を溜めて洗顔マッサージをし、布巾を浸して即席パックをします。純米酒の無駄遣いと思われるかもしれませんが、化粧品代より安上がりだし(笑)、何より、口に入れるものだから安心安全です。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
民俗学者の石毛直道氏が、昭和45年頃にこんなふうに書いています。
「日本人全体としては、昔は毎日、酒に親しむことはなかったのでして、祭とか行事の際に酒は飲むものであり、飲んだら必ず酔ったものです。大勢で、ときたま集まって飲む酒の席では、酔ってなくても酔ったふりをするのが行儀というものでした。昭和20年代までは、とことんまで飲んで泥酔して、道路で寝ている人を見かけることは珍しくありませんでした。
現在、日本酒の消費量は膨大なものとなり、毎日酒を飲む人は珍しくありません。ビールはかつてのお茶代わりの飲み物に使われたりします。日本人は酒を常用化した社会に突入したのです。それでいて泥酔する人を見ることは少なくなりました。日本社会全体が生酔いの境地を楽しんでいる、といえそうです」。(『食事の文化』より)
ちょうどこの頃、日本酒の消費量のピークでした。それ以前は、農耕神事や冠婚葬祭のハレの日、ときたま、へべれけになるまでいただく特別な存在だった日本酒が、都市化した社会の中で身近な存在となり、大衆飲料になったのです。日本酒に対する儀式性や民俗的価値はだんだん薄れていきました。
大衆化を後押ししたのが、日本酒の生産技術やベンダー技術の向上です。醸造試験所の研究や成分分析機の開発、醸造用機械の改良等によって飛躍的に向上し、これに伴って梱包・流通のシステムも進化して、さまざまなサイズの瓶や容器が開発され、家庭で買い置きできる商品が増えた。これが晩酌や独酌といった日本酒ならではの飲酒スタイルにつながりました。
しかしこれも日本酒がアルコール市場のトップランナーにいて、造り手や売り手に勢いがあった頃の話。時代は大きく変わりました。日本酒の消費が落ち込む今、造り手や売り手の一方的な経済論理や押し付けは通用しなくなり、儀式性や民俗的価値を見直す動きも出てきています。全国各地で進む“日本酒乾杯条例”の制定も、儀式性の復活といえるでしょう。
ふたたび、へべれけになるまで泥酔する時代に戻るなんてことは不可能ですが、今の価値観や生活規範に外れない範囲でスマートに酔うことは、日本酒が本来持つ優れた効能を活かす意味でも進めていいんじゃないかと思います。
酔いにまかせて大きな気持ちになって、しらふではいえない大口を叩く・・・少なくとも年末年始ぐらいは、大いに許そうじゃありませんか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、2013年1月からスタートした本コラム、連載期間は1年のお約束でしたが、おかげさまで継続できることになりました。これも訪問してくださる皆さまのお支えあってのこと。本当にありがとうございます。
2014年からは月1回の更新になりますが、引き続きよろしくお願いいたします。酒縁に乾杯!
(参考文献)
知って得する日本酒の健康効果(日本酒造組合中央会刊)
『酔い』のうつろい~酒屋と酒飲みの世相史/麻井宇介氏 (日本経済評論社刊)
酒席に役立つ読む肴~サラリーマン酒白書(酒文化研究所刊)
Posted by 日刊いーしず at 12:00