2014年07月18日
第27回 日本酒のグローバリゼーション

サンタフェ・サケの蔵元杜氏ジェフと
2年前の2012年の夏、アメリカ中西部を旅行したとき、サンタフェの日本料理店で日本人店主の娘婿(アメリカ人)が店の倉庫で日本酒を造っている現場を見せてもらいました。倉庫に備え付けた小さなキッチンで厨房機器を用い、日本から取り寄せた麹と地元ビール工場から入手したビール酵母で醸す、常識破りの酒造りながら、私のような者にも製造の悩みを真剣に問いかけるアメリカ人蔵元に新鮮な感動を覚えました。
よかったら当時のブログを参照してください。
◆ブログ『杯が乾くまで』アメリカ西部モーターハウス旅行10~サンタフェ・サケ
去る2014年4月23日、東京の自由民主党本部で開かれた『國酒を愛する議員の会』という議員連盟の総会を取材する機会に恵まれました。國酒に関する政府の取り組みという議事のもと、国土交通省担当者からは、平成25年10月から平成26年3月までの6ヶ月間、成田・羽田・中部・関西の国際空港で開催した【ニッポンを飲もう!日本の酒キャンペーン】の事業報告がありました。
このキャンペーンは国・酒造業界・空港会社が協働で行なった初の試みで、免税エリア内で日本酒と焼酎の試飲販売を行い、酒造りや飲み方のノウハウを指南。4空港でトータル8万人強の訪日外国人が参加し、トータル34,368本(80,935,262円)を売り上げたそうです。
参加した外国人からは「酒造りのノウハウをもっと学びたい」「海外でも販売してほしい」「徳利やお猪口のセットも販売してほしい」というコメントが寄せられ、アンケート調査では購入する酒の決め手となったのが<1>試飲(味)、<2>価格、<3>スタッフの勧めという結果。これは私が20数年前からしずおか地酒研究会の活動を通して、日本酒を初めて飲む若者や女性から得た反応とまったく同じです。自分の口に合って、ナットクする価格で、丁寧なセールストークがあれば消費者の心は動く、万国共通の反応なんですね。
国税庁からの説明では、在日外交官に対する日本酒セミナーや酒蔵ツアーの実施、在外公館へ赴任する大使スタッフを対象に行なう日本酒研修を支援しているとのこと。蔵元に対しては輸出セミナーを開催したりJETROと共同で輸出ハンドブックを作成するなど、輸出環境の整備に努めているようです。
ささやかながら、私も、しずおか地酒研究会の講師としてお世話になっている松崎晴雄さん(日本酒研究家・日本酒輸出協会理事長)にご協力いただき、平成12年には静岡市内で『しずおかの酒で国際交流』というサロンを開催し、蔵元持参の銘酒と市内農家のお母さんたちの手作り酒肴で市内在住の外国人のみなさんをもてなしました。平成21年にはグランシップで開催されたJALT(外国語教育者の全国大会)の交流会で地酒ブースを出展し、世界各国の教育者と静岡の造り手や売り手が大いに交流を図りました。

平成12年(2000年)に静岡市内で開催した地酒サロン「しずおかの酒で国際交流」
平成21年(2009)にグランシップで開催されたJALT試飲会
東京有楽町の外国特派員協会でも松崎さんのご尽力で静岡酒オンリーのイベントを開催したり、製作中の『吟醸王国しずおか』の映像試写会を開いていただいたことがあります。会場では外務省や内閣府職員、航空会社関係者とも名刺交換をし、静岡吟醸への賛辞をうかがいました。そのときは、「民間主催の静岡酒イベントに来るとは、かなりの酒通だなあ」「ふだんからいい酒を飲んでいる人には、静岡のよさが解るんだなあ」と感心しただけでしたが、その後、磯自慢が北海道洞爺湖サミット酒に選ばれたり、今のような取り組み状況を考えると、国の中枢にはこういう時代が来るのを見越して、静岡のような小さな産地のリサーチもしっかり行なう御仁がいたんだ・・・と解ります。
財務省貿易統計によると、平成25年度分の酒類輸出金額は過去最高の251億円。日本酒105億円。ビール54億円、ウイスキー39億円、リキュール25億円、焼酎その他蒸留酒20億円、ボトルワイン他が6億円という内訳です。
輸出先の上位10カ国は、<1>アメリカ <2>韓国 <3>台湾 <4>香港 <5>中国 <6>シンガポール <7>フランス <8>イギリス <9>ロシア <10>オーストラリア。すべて対前年同期比を上回っており、中でもロシア154.7%、フランス141.9%、イギリス141.5%と、ヨーロッパでの前年比増が注目されます。
日本酒の生産量は昭和48年度176万キロリットル(975万石)をピークに減少の一途をたどり、平成24年度は58万キロリットル(323万石)まで落ち込んでいます。縮小する国内市場でふんばるか、海外市場に新たな活路を見出すか、蔵元にとっては大きな選択ですね。これは日本酒に限った話ではないですが。
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5月に東広島市で開かれた酒類総合研究所講演会では、岩手の地酒【南部美人】の蔵元・久慈浩介さんが「世界は日本酒を待っている!~南部美人の海外戦略と世界の日本酒を取り巻く現状」と題してお話をされました。
【南部美人】は現在、世界25ヶ国を市場とする日本酒輸出トップランナー。海外市場を意識したきっかけは上記数字が示したとおり「国内市場が伸びる可能性は低い」「世界で日本の食文化が評価され始めている」「日本酒は世界中で日本にしかないオンリーワンのもの」との判断から。松崎晴雄さんが平成9年に設立した日本酒輸出協会に参加し、海外市場調査や在日外国人への普及啓蒙活動に力を入れてこられました。外国人に日本酒を受け入れてもらうには「最初に頭で理解していただき、次に舌で味わってもらう」のが肝要。日本酒に関する情報が少ない海外では、比較しやすいワインとの違いを知りたがる消費者が多いからだそうです。
最近では、ユダヤ教徒の食品品質基準『Kosher (コーシャ)』の認定を取得し、全米のユダヤ教徒120万人とユダヤ人550万人に日本酒の価値をアピール。原材料から製造過程までラビ(ユダヤ教指導者)によって厳しくチェックされるkosher は、「ヘルシー」や「オーガニック」の肩書きに満足しないアメリカ一般市民にも、食品選びの信頼できる目安になっているようです。
久慈さんは「欲しいと言っているお客さんは地元(国内)ばかりにいるとは限らない。とくに酒など伝統的な日本文化は、地方の小さな会社でも世界を相手に商売が可能。会社の大小ではなく、価値の大小を世界は見ている」と海外進出への気概を熱く語りました。
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サンタフェ・サケ
サンタフェで飲んだ【サンタフェ・サケ】は、レストラン併設の地ビール工房のように自家醸造の酒を貯蔵熟成せず、搾ったら瓶につめてそのまま店で飲ませるというスタイルでした。酒瓶は店で使用済みの瓶をリユース。偶然、静岡の『花の舞』の300ml瓶に詰められていたのに目がテン!になりました(笑)。
アメリカ人がアメリカで日本酒を造っていること自体、驚きでしたが、日本酒造りの固定観念に縛られず、手元にある機材とお取り寄せ素材で応用する大胆さに、時代の潮目を感じました。

「花の舞」の瓶に詰められたサンタフェ・サケ
久慈さんたちがホンモノの日本酒を世界に浸透させ、世界の人々が日本酒の味に目覚めた先には、必ず、「自分で造ってみたい」「飲み方をアレンジしたい」というコアなファンが生まれます。お鮨が各国の食材と融合し、日本人から見たら「なんじゃこれ?」と思うようなアレンジ鮨が生まれたり、イタリア人が和風きのこや明太子のスパゲティを「なんじゃこれ?」と思うのと、たぶん同じでしょう。
日本には本場イタリアで修業し、本格的なイタリアンを日本で普及させる優秀な料理人が大勢います。一方、外国人が日本で本格的に鮨や日本酒造りを修業したいと思っても、母国で経験実績のある専門料理人しか就労ビザがおりないというネックがあるそうです。
和食や日本酒の真のグローバリゼーションとは、その国で、その国の人々の手によってホンモノの味が供給され、定着することでしょう。今、ようやく普及のためのプロモーションに予算を掛け始めた政府が、将来を見据えてやるべき法整備はたくさんあるし、造り手や売り手が準備すべきこともたくさんある、と思います。
Posted by 日刊いーしず at 12:00