2013年05月31日
第9回 あまい金賞
第6回『酒造業界のミスコン』で紹介した全国新酒鑑評会が今月、東広島市で開かれました。私は5月21日の酒類総合研究所講演会、22日の全国新酒鑑評会製造技術研究会(業界関係者対象の全出品酒の公開試飲会)に行ってきました。

全国新酒鑑評会製造技術研究会会場
(東広島運動公園アクアパーク体育館)
今年の出品数は864品。これを10時から15時までの公開時間内にすべて試飲するのは至難の業です(飲むんじゃなくて口に含んだ後、吐きますよ、もちろん)。
きき酒能力に自信のない私は、静岡酒というベースの物差しがなければ他県の酒を判断できないため、いつも静岡県のコーナーからスタートします。真っ先に行くのでだいたい一番乗り。静岡県の全国鑑評会出品酒をイの一番に試飲できるというのは実に爽快な気分です。今回は気がついたら目の前に杉錦の杉井均乃介社長がいて、真剣にきき酒しながら寸評を書き込んでいました。この会は蔵元、杜氏、研究者、流通関係者、マスコミなど業界関係者オンリーなので、時折耳にする雑談や試飲の感想コメントなどを盗み聞きするだけでも勉強になるのです。
きき酒に集中しつつ、漏れ聞こえてくる人々の会話にも耳をそばだてながら、5時間の試飲が始まりました。

静岡県コーナーできき酒中の杉錦・杉井均乃介社長
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
実は今年、静岡県の出品酒は金賞受賞ゼロという自分の記憶にはない結果でした。前週、フェイスブックで岩手県の『南部美人』の蔵元久慈浩介さんが金賞受賞の喜び報告をしたのをいち早く見つけ、酒類総合研究所のホームページで確認したところ、静岡県のリストに金賞の☆印がひとつも見当たらない。そんな馬鹿なと思いつつ、22日当日、開場を待つ間に配られた結果目録を再チェックしたところ、やっぱり☆印がありません。
静岡県の出品点数は18。金賞0、入賞6という結果でした。実際に試飲してみると、いつもの年なら十分、金賞に該当すると思われる酒がちゃんとあるのに、「ナットクいかんなあ」と首を傾げました。
他のコーナーを見回すと、入賞率が高かった仙台国税局管内の岩手・宮城・福島のコーナーには、あっという間の大行列。静岡県金賞ゼロの背景を探るにはここを試飲してみないと分からないだろうと、私も覚悟して並び、90分待ちでやっと試飲テーブルの位置まで辿り着きました。日ごろ、遊園地のアトラクションや人気のラーメン屋さんに1時間も2時間も行列を作って待つという人たちの気持ちが分からんと嘯いていますが、その人たちから、試飲のために90分待つという神経が分かんないよーと嗤われそうですね。ちなみに会場入りする前にも開場を70分くらい待ちました(苦笑)。一番乗りした人は、早朝5時から並んでいたとか。試飲できる酒は一銘柄につき500ml瓶で6本しかないため、人気銘柄や金賞常連銘柄は品切れになる可能性があるからです。
90分待ってやっと辿り着いた岩手・宮城・福島コーナー。案の定、全国区の人気銘柄は見事にカラとなっていました。結果目録によると、2年前の大震災直後、福島県いわき市を訪問したときに地元の方々からお土産にいただき、その後も取り寄せて愛飲している『又兵衛』が金賞を受賞していたので、これは見逃せない!と思っていたのですが、残念ながら品切れ。今年、福島県は37品出品して金賞が26、入賞が6という圧巻の成績でした。
宮城県も22品出品中、金賞が12、入賞が5。岩手県は16品出品中、金賞8、入賞2という好成績。被災3県の健闘ぶりは見事と言うしかありません。
会場から『南部美人』の久慈さんにおめでとうコメントを送ったところ、「東北はすごいことになっています。ここ数年、ずっとこんな高い金賞受賞率が続いており、まさに努力と、横の連携のたまものです。これにおごらず、しっかりとこれからも頑張って行きます」と真摯なお返事。・・・四半世紀前、消費低迷と経営危機にさらされていた静岡県の蔵元が静岡酵母で一発逆転、一世風靡した頃も、こんなふうに、みんな“横の連携”を絆に頑張っていたんだろうなあと想像させられました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
新酒鑑評会をミスコンに例えるとすれば、今年の美のトレンドは“スイーツ系”。入賞酒はとにかく甘かった。世の味覚全体が“オイシイ=甘い”になっちゃっているせいなのか、よくわかりませんが、静岡吟醸の洗練された香りと控えめな甘さの絶妙なバランスが評価されていた時代とは、あきらかに基準が変わった・・・と実感します。
前日の酒類総合研究所講演会では、今回の鑑評会出品酒の傾向や審査のポイントを詳しく説明してくれました。マニアックな話ですが、酒席のウンチク話にはうってつけの内容かもしれませんので、しばしおつきあいを。
【ウンチクその1 今年の出品酒に使われた原料米】
①山田錦(84.5%)②その他(5.9%)③越淡麗(3.6%)④美山錦・千本錦(ともに1.9%)⑤五百万石(0.9%)
やっぱり山田錦(兵庫県生まれ)の酒米王者ぶりは健在です。越淡麗は新潟県の米、美山錦は長野県、千本錦は広島県、五百万石は新潟県で生まれた米です。静岡県産の酒米・誉富士は、唯一、『若竹』が純米大吟醸で出品しました。
【ウンチクその2 今年の出品酒の平均精米歩合】
平均38.5% 最大59% 最小19%
玄米の外側61.5%を糠として削り落とし、残った中心部分38.5%を使うという意味。ちなみに市販酒の表示規定では精米歩合50%以下なら大吟醸・純米大吟醸、60%以下なら吟醸・純米吟醸、70%以下なら純米酒・本醸造酒と表記できます。19%精米って8割以上を捨てて米の芯(=デンプンのかたまり)の部分しか使わないって超ゼイタクな造りですが、これで本当に米の酒の味わいが表現できるのかどうかは別のハナシ、だと思います。
【ウンチクその3 今年の出品酒の平均粕歩合】
平均48.8% (内訳)40.1~50%=350品 50.1~60%=246品 60.1~70%=77品 70%以上=24品
粕歩合というのは、酒のもろみを搾ったときに出る酒粕の量の割合。酒粕が多い=米をあまり融かさず硬めに仕込んで搾った酒=すっきりきれいな仕上がりと言われます。昔は酒粕を多く出す=酒になる量が減る=不経済な造り方として非難されていました。ちなみに普通酒の粕歩合は20%程度。
【ウンチクその4 今年の出品酒で審査員がチェックした項目点数。後者は5年前の点数】
①甘味(2344点←1694点)②渋味(1822点←1583点)③酸味(1337点←844点)④苦味(1269点←1204点)
甘味の評価点が5年前に比べるとかなり増加していることがわかります。「甘い酒が賞を獲った」というよりも、「出品酒全体が甘い傾向にあった」という表現が正しいかもしれません。甘味とのバランスを考えると酸味が高くなるのも必然。甘さ控えめのスッキリ低酸タイプの静岡吟醸が不利だったのも仕方ないか・・・。
【ウンチクその5 今年の出品酒に使われた酵母】
①協会1801号(25.7%)②明利(15.4%)③秋田今野(4.2%)*その他(49.2%)
酵母はアルコールを造り、酒の味と香りを決める重要な微生物です。日本醸造協会という業界団体や民間で市販されています。「協会1801号」というのは、現在の吟醸酒や純米吟醸酒の仕込みに使われるスタンダードな酵母。香りを強く出し、酸は控えめ。「明利」は茨城県の明利酒類が開発した重量級の香りの出る酵母。「秋田今野」は秋田県の種麹メーカー秋田今野商店が開発した清酒酵母でさまざまなタイプがあり、用途別に選びやすい。なお、複数の酵母をブレンドして使うと「その他」にカウントされます。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
試飲の最中に周囲の雑談を盗み聞きしていると、ベテラン杜氏と思われる人の「こんな甘い酒、俺は好かんな」と嘆く声、流通業者と思われる人の「未だに酢酸系にこだわる時代遅れの酒がある」と吐き捨てるような声が印象に残りました。酢酸系というのは、バナナに似た香りを作る香気成分・酢酸イソアミルや酢酸エチル系のこと。静岡酵母もどちらかといえばこのタイプです。後を引かないきれいな飲み口は、淡白な駿河湾の海の幸によく合うんですね。
一方、入賞酒に多かったのは、カプロン酸エチルという香気成分を強く出す酒。りんご、洋ナシ、南国フルーツをイメージさせる華やかで濃厚な香りです。なぜ静岡県の蔵元がそういうタイプの酒を造りたがらないのかといえば、カプロン酸系の香りは変化しやすく、貯蔵管理が悪いと熟れすぎて異臭を放つフルーツのように劣化するから。コンテストでは審査員ウケする高カプロン酸系酵母を使い、貯蔵を要する市販酒では使わない―なんて戦略的なことはせず、市販用の大吟醸や純米大吟醸の中からベストパフォーマンスの酒を出品するのが、四半世紀にわたって静岡県の蔵元が貫いてきた姿勢です。この、素直さや生真面目さが静岡人の特徴なんですね。
もちろん、鑑評会で圧倒的に多かったカプロン酸系の酒を造る全国の蔵元も、市販酒では香りの劣化リスクにしっかり対応していることでしょう。何より、カプロン酸系の甘く華やかな酒をワイングラスでおしゃれに飲めば、日本酒のイメージは一新します。若者、女性、外国人など新たな消費ターゲットを開拓しようという蔵元ならば、他の飲料に似た味わいや甘さをウリにするのも戦略の一つと言えます。
こういう酒を否定するつもりはありませんが、そういう酒で日本酒の扉を開けたのなら、さらにその先にある、米の発酵酒たる日本酒の味わいの奥深さを知ってもらいたい・・・と願うばかりです。

業界関係者が真剣にきき酒する
ひところに比べ、静岡酒の入賞率が低下し、全国新酒鑑評会に足を運ぶ県内関係者の数も減ったような気がします。私も一時、広島までの足が遠のいた時期もありました。
ただ、全国にはまだまだ知らない銘柄がたくさんあるし、全国から集まった最高水準の出品酒を一度に試飲できる場で、もっときき酒能力を鍛えなければなりません。
静岡酒の価値を紹介する語り部の立場としても、井の中の蛙でいいわけがありません。金賞ゼロというのは地元ファンとして残念極まりない結果でしたが、スイーツのような酒が大勢を占めるコンテストで、静岡らしさを貫こうとした蔵元の姿勢を、静岡の地元ファンが誰より評価しなければダメじゃないですか。それにはやはり、ここへ足を運んで、全国との比較検証をしなければならない。20年以上、鑑評会に通い続け、ようやく、ここに来る使命のようなものを実感できた・・・そんな気がしました。
きき酒の最後は、いつも、個人的に一番好きだと思った酒を、もう一度、吐くのではなくちゃんと飲んで終わるようにしています。
今年、選んだ最後の一杯は島田市の『若竹』。誉富士と静岡酵母使用の純米大吟醸酒です。入賞はしませんでしたが、きき酒して吐き捨てる酒ではなく、間違いなく“飲める酒”でした。鑑評会に山田錦でもなく、カプロン酸系酵母でもなく、不利とされる純米酒(注)を堂々と出品した『若竹』の姿勢は、外に向けて語って聞かせるだけの価値がある。こういう酒を評価できる同志が一人でも増えるといいな、と心から思います。

若竹(島田市)が出品した誉富士と静岡酵母使用の純米大吟醸
*注)醸造アルコールを添加したほうが、吟醸香が立ちやすく、酒質が安定すると言われる。今年の全国新酒鑑評会出品酒864品のうち、アル添しない純米系の酒は97品。残りはすべてアル添酒。
*今回の結果(平成24酒造年度全国新酒鑑評会)は酒類総合研究所のホームページを参照してください。http://www.nrib.go.jp/kan/h24by/h24bymoku_top.htm
全国新酒鑑評会製造技術研究会会場
(東広島運動公園アクアパーク体育館)
今年の出品数は864品。これを10時から15時までの公開時間内にすべて試飲するのは至難の業です(飲むんじゃなくて口に含んだ後、吐きますよ、もちろん)。
きき酒能力に自信のない私は、静岡酒というベースの物差しがなければ他県の酒を判断できないため、いつも静岡県のコーナーからスタートします。真っ先に行くのでだいたい一番乗り。静岡県の全国鑑評会出品酒をイの一番に試飲できるというのは実に爽快な気分です。今回は気がついたら目の前に杉錦の杉井均乃介社長がいて、真剣にきき酒しながら寸評を書き込んでいました。この会は蔵元、杜氏、研究者、流通関係者、マスコミなど業界関係者オンリーなので、時折耳にする雑談や試飲の感想コメントなどを盗み聞きするだけでも勉強になるのです。
きき酒に集中しつつ、漏れ聞こえてくる人々の会話にも耳をそばだてながら、5時間の試飲が始まりました。
静岡県コーナーできき酒中の杉錦・杉井均乃介社長
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実は今年、静岡県の出品酒は金賞受賞ゼロという自分の記憶にはない結果でした。前週、フェイスブックで岩手県の『南部美人』の蔵元久慈浩介さんが金賞受賞の喜び報告をしたのをいち早く見つけ、酒類総合研究所のホームページで確認したところ、静岡県のリストに金賞の☆印がひとつも見当たらない。そんな馬鹿なと思いつつ、22日当日、開場を待つ間に配られた結果目録を再チェックしたところ、やっぱり☆印がありません。
静岡県の出品点数は18。金賞0、入賞6という結果でした。実際に試飲してみると、いつもの年なら十分、金賞に該当すると思われる酒がちゃんとあるのに、「ナットクいかんなあ」と首を傾げました。
他のコーナーを見回すと、入賞率が高かった仙台国税局管内の岩手・宮城・福島のコーナーには、あっという間の大行列。静岡県金賞ゼロの背景を探るにはここを試飲してみないと分からないだろうと、私も覚悟して並び、90分待ちでやっと試飲テーブルの位置まで辿り着きました。日ごろ、遊園地のアトラクションや人気のラーメン屋さんに1時間も2時間も行列を作って待つという人たちの気持ちが分からんと嘯いていますが、その人たちから、試飲のために90分待つという神経が分かんないよーと嗤われそうですね。ちなみに会場入りする前にも開場を70分くらい待ちました(苦笑)。一番乗りした人は、早朝5時から並んでいたとか。試飲できる酒は一銘柄につき500ml瓶で6本しかないため、人気銘柄や金賞常連銘柄は品切れになる可能性があるからです。
90分待ってやっと辿り着いた岩手・宮城・福島コーナー。案の定、全国区の人気銘柄は見事にカラとなっていました。結果目録によると、2年前の大震災直後、福島県いわき市を訪問したときに地元の方々からお土産にいただき、その後も取り寄せて愛飲している『又兵衛』が金賞を受賞していたので、これは見逃せない!と思っていたのですが、残念ながら品切れ。今年、福島県は37品出品して金賞が26、入賞が6という圧巻の成績でした。
宮城県も22品出品中、金賞が12、入賞が5。岩手県は16品出品中、金賞8、入賞2という好成績。被災3県の健闘ぶりは見事と言うしかありません。
会場から『南部美人』の久慈さんにおめでとうコメントを送ったところ、「東北はすごいことになっています。ここ数年、ずっとこんな高い金賞受賞率が続いており、まさに努力と、横の連携のたまものです。これにおごらず、しっかりとこれからも頑張って行きます」と真摯なお返事。・・・四半世紀前、消費低迷と経営危機にさらされていた静岡県の蔵元が静岡酵母で一発逆転、一世風靡した頃も、こんなふうに、みんな“横の連携”を絆に頑張っていたんだろうなあと想像させられました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
新酒鑑評会をミスコンに例えるとすれば、今年の美のトレンドは“スイーツ系”。入賞酒はとにかく甘かった。世の味覚全体が“オイシイ=甘い”になっちゃっているせいなのか、よくわかりませんが、静岡吟醸の洗練された香りと控えめな甘さの絶妙なバランスが評価されていた時代とは、あきらかに基準が変わった・・・と実感します。
前日の酒類総合研究所講演会では、今回の鑑評会出品酒の傾向や審査のポイントを詳しく説明してくれました。マニアックな話ですが、酒席のウンチク話にはうってつけの内容かもしれませんので、しばしおつきあいを。
【ウンチクその1 今年の出品酒に使われた原料米】
①山田錦(84.5%)②その他(5.9%)③越淡麗(3.6%)④美山錦・千本錦(ともに1.9%)⑤五百万石(0.9%)
やっぱり山田錦(兵庫県生まれ)の酒米王者ぶりは健在です。越淡麗は新潟県の米、美山錦は長野県、千本錦は広島県、五百万石は新潟県で生まれた米です。静岡県産の酒米・誉富士は、唯一、『若竹』が純米大吟醸で出品しました。
【ウンチクその2 今年の出品酒の平均精米歩合】
平均38.5% 最大59% 最小19%
玄米の外側61.5%を糠として削り落とし、残った中心部分38.5%を使うという意味。ちなみに市販酒の表示規定では精米歩合50%以下なら大吟醸・純米大吟醸、60%以下なら吟醸・純米吟醸、70%以下なら純米酒・本醸造酒と表記できます。19%精米って8割以上を捨てて米の芯(=デンプンのかたまり)の部分しか使わないって超ゼイタクな造りですが、これで本当に米の酒の味わいが表現できるのかどうかは別のハナシ、だと思います。
【ウンチクその3 今年の出品酒の平均粕歩合】
平均48.8% (内訳)40.1~50%=350品 50.1~60%=246品 60.1~70%=77品 70%以上=24品
粕歩合というのは、酒のもろみを搾ったときに出る酒粕の量の割合。酒粕が多い=米をあまり融かさず硬めに仕込んで搾った酒=すっきりきれいな仕上がりと言われます。昔は酒粕を多く出す=酒になる量が減る=不経済な造り方として非難されていました。ちなみに普通酒の粕歩合は20%程度。
【ウンチクその4 今年の出品酒で審査員がチェックした項目点数。後者は5年前の点数】
①甘味(2344点←1694点)②渋味(1822点←1583点)③酸味(1337点←844点)④苦味(1269点←1204点)
甘味の評価点が5年前に比べるとかなり増加していることがわかります。「甘い酒が賞を獲った」というよりも、「出品酒全体が甘い傾向にあった」という表現が正しいかもしれません。甘味とのバランスを考えると酸味が高くなるのも必然。甘さ控えめのスッキリ低酸タイプの静岡吟醸が不利だったのも仕方ないか・・・。
【ウンチクその5 今年の出品酒に使われた酵母】
①協会1801号(25.7%)②明利(15.4%)③秋田今野(4.2%)*その他(49.2%)
酵母はアルコールを造り、酒の味と香りを決める重要な微生物です。日本醸造協会という業界団体や民間で市販されています。「協会1801号」というのは、現在の吟醸酒や純米吟醸酒の仕込みに使われるスタンダードな酵母。香りを強く出し、酸は控えめ。「明利」は茨城県の明利酒類が開発した重量級の香りの出る酵母。「秋田今野」は秋田県の種麹メーカー秋田今野商店が開発した清酒酵母でさまざまなタイプがあり、用途別に選びやすい。なお、複数の酵母をブレンドして使うと「その他」にカウントされます。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
試飲の最中に周囲の雑談を盗み聞きしていると、ベテラン杜氏と思われる人の「こんな甘い酒、俺は好かんな」と嘆く声、流通業者と思われる人の「未だに酢酸系にこだわる時代遅れの酒がある」と吐き捨てるような声が印象に残りました。酢酸系というのは、バナナに似た香りを作る香気成分・酢酸イソアミルや酢酸エチル系のこと。静岡酵母もどちらかといえばこのタイプです。後を引かないきれいな飲み口は、淡白な駿河湾の海の幸によく合うんですね。
一方、入賞酒に多かったのは、カプロン酸エチルという香気成分を強く出す酒。りんご、洋ナシ、南国フルーツをイメージさせる華やかで濃厚な香りです。なぜ静岡県の蔵元がそういうタイプの酒を造りたがらないのかといえば、カプロン酸系の香りは変化しやすく、貯蔵管理が悪いと熟れすぎて異臭を放つフルーツのように劣化するから。コンテストでは審査員ウケする高カプロン酸系酵母を使い、貯蔵を要する市販酒では使わない―なんて戦略的なことはせず、市販用の大吟醸や純米大吟醸の中からベストパフォーマンスの酒を出品するのが、四半世紀にわたって静岡県の蔵元が貫いてきた姿勢です。この、素直さや生真面目さが静岡人の特徴なんですね。
もちろん、鑑評会で圧倒的に多かったカプロン酸系の酒を造る全国の蔵元も、市販酒では香りの劣化リスクにしっかり対応していることでしょう。何より、カプロン酸系の甘く華やかな酒をワイングラスでおしゃれに飲めば、日本酒のイメージは一新します。若者、女性、外国人など新たな消費ターゲットを開拓しようという蔵元ならば、他の飲料に似た味わいや甘さをウリにするのも戦略の一つと言えます。
こういう酒を否定するつもりはありませんが、そういう酒で日本酒の扉を開けたのなら、さらにその先にある、米の発酵酒たる日本酒の味わいの奥深さを知ってもらいたい・・・と願うばかりです。
業界関係者が真剣にきき酒する
ひところに比べ、静岡酒の入賞率が低下し、全国新酒鑑評会に足を運ぶ県内関係者の数も減ったような気がします。私も一時、広島までの足が遠のいた時期もありました。
ただ、全国にはまだまだ知らない銘柄がたくさんあるし、全国から集まった最高水準の出品酒を一度に試飲できる場で、もっときき酒能力を鍛えなければなりません。
静岡酒の価値を紹介する語り部の立場としても、井の中の蛙でいいわけがありません。金賞ゼロというのは地元ファンとして残念極まりない結果でしたが、スイーツのような酒が大勢を占めるコンテストで、静岡らしさを貫こうとした蔵元の姿勢を、静岡の地元ファンが誰より評価しなければダメじゃないですか。それにはやはり、ここへ足を運んで、全国との比較検証をしなければならない。20年以上、鑑評会に通い続け、ようやく、ここに来る使命のようなものを実感できた・・・そんな気がしました。
きき酒の最後は、いつも、個人的に一番好きだと思った酒を、もう一度、吐くのではなくちゃんと飲んで終わるようにしています。
今年、選んだ最後の一杯は島田市の『若竹』。誉富士と静岡酵母使用の純米大吟醸酒です。入賞はしませんでしたが、きき酒して吐き捨てる酒ではなく、間違いなく“飲める酒”でした。鑑評会に山田錦でもなく、カプロン酸系酵母でもなく、不利とされる純米酒(注)を堂々と出品した『若竹』の姿勢は、外に向けて語って聞かせるだけの価値がある。こういう酒を評価できる同志が一人でも増えるといいな、と心から思います。
若竹(島田市)が出品した誉富士と静岡酵母使用の純米大吟醸
*注)醸造アルコールを添加したほうが、吟醸香が立ちやすく、酒質が安定すると言われる。今年の全国新酒鑑評会出品酒864品のうち、アル添しない純米系の酒は97品。残りはすべてアル添酒。
*今回の結果(平成24酒造年度全国新酒鑑評会)は酒類総合研究所のホームページを参照してください。http://www.nrib.go.jp/kan/h24by/h24bymoku_top.htm
Posted by 日刊いーしず at 12:00