2013年11月29日
第21回 新酒と長期熟成酒
年の瀬を迎えました。酒徒にとっては待望の新酒の季節到来です。県内では、11月末から12月にかけ、各蔵元から新酒の便りが届きます。
新酒鑑評会等のコンテストが春に開かれるため、新酒は春のものと思っている人も多いようですが、そもそも新酒とは、その年に収穫された新米で醸造され、搾ったお酒を指します。酒の醸造期間は通常約1ヶ月半ですから、秋に収穫した新米を使えば年内には初搾りを出荷できます。
新酒のコンテストが春に開催されるのは、出品される酒の多くが大吟醸・純米大吟醸クラスで、使用する酒米は収穫が10月上~中旬という晩生タイプの山田錦。これを、時間をかけて丁寧に精米し、年明けの一番寒い時期に、通常よりも低温でじっくり時間をかけて仕込むので、搾るのはどうしても2~3月になるんですね。
ということは、年内に新酒として出回る多くは、普通酒・本醸造酒・純米酒等のレギュラークラスになるのですが、搾ってから間もないため、みずみずしい香味とすっきりした味わいが楽しめます。とくに静岡県の酒は、どのクラスも手間隙かけ、丁寧に仕込まれていますから、新酒の時期は、吟醸酒と見紛うきれいなお酒が多いと思います。
新酒は、火入れ殺菌をしない生酒タイプがほとんど。“生モノ”ですから温度変化に弱い。酒蔵では生酒を冷蔵貯蔵しておくスペースに限りがあり、販売先にも冷蔵保存をお願いする必要があります。
そのため、酒蔵では搾った酒の一部を生酒として出荷したら、残りは火入れ殺菌をし、通常商品として貯蔵・流通させます。とりわけ新酒の生は、今の時期ならではの限定商品であり、旬の初モノを好む日本人の志向にもマッチし、市場をいっとき熱くさせます。 “生モノ”ですから、当然ながらご家庭でも冷蔵保存が望ましく、開封したらなるべく早く飲んでくださいね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方、日本酒を5年10年と寝かせた長期熟成酒も、注目を集めています。ワインや焼酎のように原料の違いによる味のバリエーションが少ない日本酒にとっては、消費者に選択の幅や楽しみを与える新たな“戦力”になりつつあります。
私自身、年齢を経るにつれ、ウイスキーのシングルモルトのように、上手に寝かせた酒の複雑で多様な味わいに惹かれているところ。以下は、2003年12月に静岡新聞に掲載した“10年熟成記事”の一部ですが、劣化はしていないと思うので(笑)、再掲させていただきます。

2003年12月22日静岡新聞夕刊掲載
シェリー酒の味わい
ダルマ正宗の醸造元・白木恒助商店(岐阜市)は昭和40年代から研究を手がけ、長期熟成酒を主力商品に育てた日本で唯一といっていい蔵元だ。
まず昭和46年から吟醸酒の低温保存を始めた。10年続けたが、原料米をよく磨いた吟醸酒では変化が少なかった。昭和47年から始めた純米酒の常温保存では経過年数ごとに色が濃くなり、10年以上経つと、日本酒とは思えない香味になるものもあった。
私が実際、試飲したものでは、15年熟成の純米酒は焙煎したてのナッツのような香ばしさが広がり、20年熟成になるとさらに多様な木の実の香りやキャラメルのような甘さが加わり、最も古い昭和47年ものは上質のシェリー酒のごとき味わいだった。
このような変貌を蔵元の白木善次さんは「酒が“解脱”する」と称する。長期熟成の過程で発生するソトロンという香味成分が、糖分濃度の影響で老酒風にも果実風にも変化し、酒に含まれるアミノ酸や糖分濃度に温度が加わり、化学反応を起こして色を変色させるのだ。
「吟醸酒の低温熟成酒は原型のよさを保ったいわゆる“淡熟型”。一方、低精白酒の常温熟成酒は“濃熟型”で、原型とは違う次元の味わいになります」。白木さんはある程度の糖分と酸を含んだ純米酒・本醸造酒の常温保存で、濃熟型熟成酒を目指した。
県内の蔵元も挑戦
仕込んだ酒を10年以上も売らずに置くというのは、経営面では大きなリスクだったに違いないが、地方の蔵元は生き残りをかけて個性化・差別化に必死だった。
静岡県の蔵元では白木恒助商店とはある意味で対極の道を選択した。
目指したのは米をよく磨き、麹を硬く造り、もろみは低温醗酵させ、搾った後は生酒でも安定して飲める吟醸酒。その立役者となった静岡酵母は、酸が低く、爽快な香りと軽快な味を醸し出す。
そういう酒を熟成させたらどうなるのか。昭和61酒造年度の静岡酵母HD-1大吟醸と、銘柄は異なるが平成3酒造年度のHD-1大吟醸を、現在、静岡酵母を得意とする若手杜氏2人と試飲してみた。
前者は静岡型の“硬く締まった麹造り”の特徴が今なお息づき、後者は丸みを帯びた艶やかさがあり、香味は絶妙に保たれていた。
「前者は杜氏の当時の若さがそのまま残っている。後者は名人芸の域に達している」「麹造りがしっかりした酒は崩れない」「“淡熟型”の理想だ」と若い2人は感嘆の声。
「変わらない」ことに価値を置くか、「変わる」ことに価値を置くかは飲み手次第だ。千寿酒造(磐田市)のように、飲み手の要望に応えて大吟醸20年熟成酒を常温保存に切り替え、古酒らしい色の変化を加えて商品化した蔵もある。
県内では市販の長期熟成酒が少ないので、自家熟成に挑戦してみよう。精米歩合70%程度の本醸造・純米酒クラスなら常温で、60%以下のものなら低温保存がお勧めだ。
白木さんは「まず同じ酒を2本買い、1本は冷蔵庫で、もう1本は常温で置いて熟成の違いを実感してみて」と助言する。「本来の造りがしっかりしている熟成酒は、一度開封しても劣化しないので、必ずしも飲み切る必要はない。気軽に楽しんでください」。
この記事は、静岡新聞文化欄の編集担当から、「日本酒を焼酎やワインみたいに熟成させた酒って最近よく聞くけど、どう?」と訊かれ、だったら取材してみようと、長期熟成酒の雄である岐阜のダルマ正宗まで取材に行って書いたもの。確か原稿料より交通費のほうが高くついた完全に赤字の取材だったと記憶しています(苦笑)が、めったにのめない貴重な熟成酒を試飲でき、赤字の穴埋めは十分でした。
岐阜の酒の宣伝で終わっちゃ面目ないと思い、記事の後半は静岡吟醸をつなげてみました。長期熟成のお宝酒をたくさん抱えている松永酒店(静岡市葵区五番町)に無理をお願いし、歴史的な昭和61年全国新酒鑑評会大量入賞の余韻が残る昭和61BY静岡酵母HD-1大吟醸を分けてもらい、松尾晃一さん(國香)、青島孝さん(喜久醉)にお声掛けしてお2人に試飲してもらいました。“若手杜氏”と紹介していますが、10年経った今、松尾さんは50代半ば、青島さんもまもなく50代。脂の乗った働き盛りの匠たちです。
それはさておき、つい先日、岡部の酒販店ときわストアの後藤英和さんが経営する地酒Bar イーハトーヴォで『喜久醉普通酒しぼりたて無濾過生原酒』を味わいました。この酒は毎年12月中~下旬の発売。実は、1年前にときわストアで購入し、自宅の冷蔵庫で1年熟成させたものを持ち込んだのです。

年末に発売する喜久醉普通酒しぼりたて無濾過生原酒
搾りたての新酒を熟成させるなんて邪道だ!とお叱りを受けるかもしれませんが、私は白木さんのアドバイスを実践し、毎年この時期に買う新酒の何本かを“熟成実験”しており、喜久醉普通酒しぼりたて無濾過生原酒は、それ以前から毎年1本は寝かせていました。この日飲んだ1年熟成酒は、青島さんが、いかに、静岡型の“硬く締まった麹造り”の特徴を大切に仕込んでいるかがよく解る1本でした。
初めてこの酒を1年寝かせたときは、前杜氏の富山初雄さんが仕込んだものでした。青島さんが生まれる前から喜久醉で酒を造っていた超ベテラン富山さんの酒は、どちらかといえば丸みを帯びた艶やかさがあり、日本酒というのは、同じ蔵の同じ条件で造った酒でも、造った人の人となりを映すんだなあとしみじみ思いました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
新酒の生の、この時期でなければ味わえないフレッシュ感は、ぜひとも見逃さないでいただきたいのですが、生酒とは、いわば発酵持続中の酒ですから、時間や環境によって驚くような変化が楽しめます。
造り手の意図とは異なる酒質になり得る家庭での自己流熟成を、無理に奨励するつもりはありませんが、日本酒という発酵酒の隠れた潜在能力を引き出すのが熟成。本当に、米と米麹と水だけで造られているのかと驚くほど、複雑で重層的な香味の変化が楽しめるのです。
この年末、お気に入りの新酒は2本ゲットし、1本寝かせてみませんか?
新酒鑑評会等のコンテストが春に開かれるため、新酒は春のものと思っている人も多いようですが、そもそも新酒とは、その年に収穫された新米で醸造され、搾ったお酒を指します。酒の醸造期間は通常約1ヶ月半ですから、秋に収穫した新米を使えば年内には初搾りを出荷できます。
新酒のコンテストが春に開催されるのは、出品される酒の多くが大吟醸・純米大吟醸クラスで、使用する酒米は収穫が10月上~中旬という晩生タイプの山田錦。これを、時間をかけて丁寧に精米し、年明けの一番寒い時期に、通常よりも低温でじっくり時間をかけて仕込むので、搾るのはどうしても2~3月になるんですね。
ということは、年内に新酒として出回る多くは、普通酒・本醸造酒・純米酒等のレギュラークラスになるのですが、搾ってから間もないため、みずみずしい香味とすっきりした味わいが楽しめます。とくに静岡県の酒は、どのクラスも手間隙かけ、丁寧に仕込まれていますから、新酒の時期は、吟醸酒と見紛うきれいなお酒が多いと思います。
新酒は、火入れ殺菌をしない生酒タイプがほとんど。“生モノ”ですから温度変化に弱い。酒蔵では生酒を冷蔵貯蔵しておくスペースに限りがあり、販売先にも冷蔵保存をお願いする必要があります。
そのため、酒蔵では搾った酒の一部を生酒として出荷したら、残りは火入れ殺菌をし、通常商品として貯蔵・流通させます。とりわけ新酒の生は、今の時期ならではの限定商品であり、旬の初モノを好む日本人の志向にもマッチし、市場をいっとき熱くさせます。 “生モノ”ですから、当然ながらご家庭でも冷蔵保存が望ましく、開封したらなるべく早く飲んでくださいね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方、日本酒を5年10年と寝かせた長期熟成酒も、注目を集めています。ワインや焼酎のように原料の違いによる味のバリエーションが少ない日本酒にとっては、消費者に選択の幅や楽しみを与える新たな“戦力”になりつつあります。
私自身、年齢を経るにつれ、ウイスキーのシングルモルトのように、上手に寝かせた酒の複雑で多様な味わいに惹かれているところ。以下は、2003年12月に静岡新聞に掲載した“10年熟成記事”の一部ですが、劣化はしていないと思うので(笑)、再掲させていただきます。

2003年12月22日静岡新聞夕刊掲載
シェリー酒の味わい
ダルマ正宗の醸造元・白木恒助商店(岐阜市)は昭和40年代から研究を手がけ、長期熟成酒を主力商品に育てた日本で唯一といっていい蔵元だ。
まず昭和46年から吟醸酒の低温保存を始めた。10年続けたが、原料米をよく磨いた吟醸酒では変化が少なかった。昭和47年から始めた純米酒の常温保存では経過年数ごとに色が濃くなり、10年以上経つと、日本酒とは思えない香味になるものもあった。
私が実際、試飲したものでは、15年熟成の純米酒は焙煎したてのナッツのような香ばしさが広がり、20年熟成になるとさらに多様な木の実の香りやキャラメルのような甘さが加わり、最も古い昭和47年ものは上質のシェリー酒のごとき味わいだった。
このような変貌を蔵元の白木善次さんは「酒が“解脱”する」と称する。長期熟成の過程で発生するソトロンという香味成分が、糖分濃度の影響で老酒風にも果実風にも変化し、酒に含まれるアミノ酸や糖分濃度に温度が加わり、化学反応を起こして色を変色させるのだ。
「吟醸酒の低温熟成酒は原型のよさを保ったいわゆる“淡熟型”。一方、低精白酒の常温熟成酒は“濃熟型”で、原型とは違う次元の味わいになります」。白木さんはある程度の糖分と酸を含んだ純米酒・本醸造酒の常温保存で、濃熟型熟成酒を目指した。
県内の蔵元も挑戦
仕込んだ酒を10年以上も売らずに置くというのは、経営面では大きなリスクだったに違いないが、地方の蔵元は生き残りをかけて個性化・差別化に必死だった。
静岡県の蔵元では白木恒助商店とはある意味で対極の道を選択した。
目指したのは米をよく磨き、麹を硬く造り、もろみは低温醗酵させ、搾った後は生酒でも安定して飲める吟醸酒。その立役者となった静岡酵母は、酸が低く、爽快な香りと軽快な味を醸し出す。
そういう酒を熟成させたらどうなるのか。昭和61酒造年度の静岡酵母HD-1大吟醸と、銘柄は異なるが平成3酒造年度のHD-1大吟醸を、現在、静岡酵母を得意とする若手杜氏2人と試飲してみた。
前者は静岡型の“硬く締まった麹造り”の特徴が今なお息づき、後者は丸みを帯びた艶やかさがあり、香味は絶妙に保たれていた。
「前者は杜氏の当時の若さがそのまま残っている。後者は名人芸の域に達している」「麹造りがしっかりした酒は崩れない」「“淡熟型”の理想だ」と若い2人は感嘆の声。
「変わらない」ことに価値を置くか、「変わる」ことに価値を置くかは飲み手次第だ。千寿酒造(磐田市)のように、飲み手の要望に応えて大吟醸20年熟成酒を常温保存に切り替え、古酒らしい色の変化を加えて商品化した蔵もある。
県内では市販の長期熟成酒が少ないので、自家熟成に挑戦してみよう。精米歩合70%程度の本醸造・純米酒クラスなら常温で、60%以下のものなら低温保存がお勧めだ。
白木さんは「まず同じ酒を2本買い、1本は冷蔵庫で、もう1本は常温で置いて熟成の違いを実感してみて」と助言する。「本来の造りがしっかりしている熟成酒は、一度開封しても劣化しないので、必ずしも飲み切る必要はない。気軽に楽しんでください」。
この記事は、静岡新聞文化欄の編集担当から、「日本酒を焼酎やワインみたいに熟成させた酒って最近よく聞くけど、どう?」と訊かれ、だったら取材してみようと、長期熟成酒の雄である岐阜のダルマ正宗まで取材に行って書いたもの。確か原稿料より交通費のほうが高くついた完全に赤字の取材だったと記憶しています(苦笑)が、めったにのめない貴重な熟成酒を試飲でき、赤字の穴埋めは十分でした。
岐阜の酒の宣伝で終わっちゃ面目ないと思い、記事の後半は静岡吟醸をつなげてみました。長期熟成のお宝酒をたくさん抱えている松永酒店(静岡市葵区五番町)に無理をお願いし、歴史的な昭和61年全国新酒鑑評会大量入賞の余韻が残る昭和61BY静岡酵母HD-1大吟醸を分けてもらい、松尾晃一さん(國香)、青島孝さん(喜久醉)にお声掛けしてお2人に試飲してもらいました。“若手杜氏”と紹介していますが、10年経った今、松尾さんは50代半ば、青島さんもまもなく50代。脂の乗った働き盛りの匠たちです。
それはさておき、つい先日、岡部の酒販店ときわストアの後藤英和さんが経営する地酒Bar イーハトーヴォで『喜久醉普通酒しぼりたて無濾過生原酒』を味わいました。この酒は毎年12月中~下旬の発売。実は、1年前にときわストアで購入し、自宅の冷蔵庫で1年熟成させたものを持ち込んだのです。
年末に発売する喜久醉普通酒しぼりたて無濾過生原酒
搾りたての新酒を熟成させるなんて邪道だ!とお叱りを受けるかもしれませんが、私は白木さんのアドバイスを実践し、毎年この時期に買う新酒の何本かを“熟成実験”しており、喜久醉普通酒しぼりたて無濾過生原酒は、それ以前から毎年1本は寝かせていました。この日飲んだ1年熟成酒は、青島さんが、いかに、静岡型の“硬く締まった麹造り”の特徴を大切に仕込んでいるかがよく解る1本でした。
初めてこの酒を1年寝かせたときは、前杜氏の富山初雄さんが仕込んだものでした。青島さんが生まれる前から喜久醉で酒を造っていた超ベテラン富山さんの酒は、どちらかといえば丸みを帯びた艶やかさがあり、日本酒というのは、同じ蔵の同じ条件で造った酒でも、造った人の人となりを映すんだなあとしみじみ思いました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
新酒の生の、この時期でなければ味わえないフレッシュ感は、ぜひとも見逃さないでいただきたいのですが、生酒とは、いわば発酵持続中の酒ですから、時間や環境によって驚くような変化が楽しめます。
造り手の意図とは異なる酒質になり得る家庭での自己流熟成を、無理に奨励するつもりはありませんが、日本酒という発酵酒の隠れた潜在能力を引き出すのが熟成。本当に、米と米麹と水だけで造られているのかと驚くほど、複雑で重層的な香味の変化が楽しめるのです。
この年末、お気に入りの新酒は2本ゲットし、1本寝かせてみませんか?
Posted by 日刊いーしず at 12:00