2013年09月13日
第16回 誉富士の未来(その1)
今から3年前の2010年8月8日、日本酒研究家の松崎晴雄さんが東京で主宰する日本酒市民講座の第88回講座『飲み比べ!88種の酒米品種』に参加しました。八ならびの日にちなみ、88種の酒米で醸造された全国の地酒を呑み比べようという画期的な試飲会。日本酒の原料になる米が88品種もあるなんてビックリでしたが、後に読んだ熊本大学大学院の副島顕子教授の『酒米ハンドブック』には148種の酒米が紹介されていて、日本はやっぱり米の国、日本の国酒は日本酒だなぁと再認識しました。

2010年8月8日、松崎晴雄さん主宰の講座「飲み比べ!88種の酒米品種」
酒米の代表格といえば山田錦(兵庫県原産)と五百万石(新潟県原産)。この2品種で、全国の酒米作付面積の6割以上を占めています。これを筆頭に、現在、約90品種の酒米が栽培されているそうで、中でも2000年以降、新品種に登録された米が36もあるとか。ご当地米の開発ブームなんですね。
ご存知、わが静岡県の『誉富士』も2003年にデビューした酒米新品種です。まもなく(9月末~)稲刈のシーズン。これから2回に亘って誉富士について書いてみようと思います。

9月上旬の焼津市平島の圃場。
五百万石(右)は稲刈直前。誉富士(左)の稲刈は約20日後の予定
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
3年前、松崎さんの講座で試飲した88種のうち、近年開発されたものは、北から、吟風・彗星(北海道)、吟ぎんが(岩手)、吟の精・美郷錦・秋田酒こまち(秋田)、出羽燦々・山酒4号・出羽の里(山形)、蔵の華・星あかり(宮城)、夢の香(福島)、ひたちにしき(茨城)、とちぎ酒14(栃木)、さけ武蔵(埼玉)、ひとごこち(長野)、雄山錦・富の香(富山)、越の雫(福井)、誉富士(静岡)、夢山水(愛知)、神の穂(三重)、白鶴錦(兵庫)、神の舞・佐香錦(島根)、千本錦(広島)、西都の雫(山口)、さぬきよいまい(香川)、しずく媛(愛媛)、吟の夢・風鳴子(高知)、夢一献(福岡)、さがの華(佐賀)、吟のさと(熊本)。
これに、一般米で酒にも使われる、きらら397・ゆきひかり(北海道)、むつほまれ(青森)、トヨニシキ(岩手)、あきたこまち(秋田)、ササニシキ・ひとめぼれ(宮城)、しらかば錦(長野)、コシヒカリ(新潟)、右近錦(滋賀)、朝日・アケボノ(岡山)、中生新千本(広島)、松山三井・あいのゆめ(愛媛)。
さらに復活した古い品種で、陸羽132(秋田)、改良信交・京の華・亀の尾(山形)、渡船(茨城)、山田穂(兵庫)、強力(鳥取)、造酒錦(岡山)、八反草(広島)、穀良都(山口)、鍋島(佐賀)、神力(熊本)。
そして現在のポピュラー品種である山田錦、五百万石、美山錦、雄町、八反錦などが加わりました。みなさんはいくつご存知ですか?
松崎さんは講座で、
「酒米の世界は下剋上が激しい。新しい品種が次々に生まれても、栽培上や醸造上の欠陥があって、未だに昭和初期に生まれた『山田錦』を超える米が出て来ない」
「山田錦は全国で1000軒を超える酒蔵で使われ、膨大な仕込みデータが蓄積されている。長く使われているメリットがそこにある。山田錦を超える米が出るか出ないかは、21世紀の酒造業界の大きなテーマ」
「新品種の米を醸造するとき、杜氏や蔵人はどうしても慎重にならざるを得ない。吟醸型の、硬く締めた造りになるので、初期の酒はすっきりしすぎて素っ気ない味になりがち。米の潜在的な力が未開拓の状態の酒も少なくない」
と解説されました。
確かに、私自身、当初は誉富士の酒を飲んでもきれいすぎるというか素っ気なさを感じ、新品種の酒米らしさがどこにあるのかわからずにいました。それは米の品質上の欠陥というよりも、造り手がまだおっかなびっくり使っているせいかもしれないんですね。
新しい酵母を使うときも、最初はそうだったのかもしれません。たった1回の仕込みの失敗が、その1年を台無しにし、蔵の名に傷がつくかもしれない・・・新技術に挑むとき、雇われ杜氏や社員蔵人ではどうしたって慎重にならざるを得ない。それを考えると、静岡酵母の黎明期に試験醸造で貢献した『開運』や『満寿一』、誉富士の試験醸造に最初に手を挙げた『高砂』・・・各蔵元経営者と杜氏・蔵人衆のチャレンジスピリットには、文句なく称賛を送りたいと思います。
蔵元経営者が杜氏を兼任する蔵が増えた今は、リスクがあっても新しい米や酵母に挑戦しやすい環境になってきた、とも思います。松崎さんのこの講座には、全国から13社の蔵元が参加し、造り手の立場で解説をしてくれました。当時の取材メモを紐解くと、
「山田錦の山廃仕込みでは櫂入れを一切せず、麹や酵母の力だけでどれだけのもろみが出来るか試してみた」(雪の茅舎・秋田)
「陸羽132号は亀の尾と愛国をルーツとする伝統品種で、冷害に強く、戦時中は朝鮮半島でも造られていた」(刈穂・秋田)
「五百万石の田んぼで、通常より40㎝も穂の長い突然変異種を発見し、蔵の単独品種“人気しずく”として品種登録もできた」(人気一・福島)
「渡船は山田錦の男親にあたる伝統品種で、脱粒性が高く育てにくい野生種。吸水がものすごく速く、柔らかくて融けやすい」(府中誉・茨城)
「ひとごこちという美山錦系の新品種を自社酵母で醸し、ワイン風に飲めるとお客さんには好評だったが、専門家の先生には高い酸度(1.9)が評価されない(苦笑)」(七賢・山梨)
「広島の伝統品種八反草は、他の伝統品種とは違い、硬くて融けにくい。引き際のきれいな酒に仕上がるので精米歩合を40・50・60%と変えて仕込んでみた」(富久長・広島)
「新品種吟のさとを地元で菜の花農法(3月に菜の花を植えて6月に刈り、その後に田植えする=除草剤が要らない)に取り組む栽培者グループとともに育てて純米酒菜々という酒にした」(瑞鷹・熊本)
等など、酒造りにも米作りにも直接携わる醸造家ならではの興味深いお話をしてくれました。国産米のみ使用という条件下で、米の栽培方法や醸造方法に創意工夫を加え、味の個性を模索する造り手の神経の細やかさ・・・実に日本人らしい酒だと実感します。
試飲タイムでは、米の個性というよりも、その銘柄の固有の持ち味や、使用する酵母の特性のほうが前面に出てる?って酒もありましたが、1本の酒を介し、造り手との会話がポンポンと弾み、米の情報とともに、その米に挑戦する蔵元自身の人となり、地域ぐるみの熱の入れようも伝わってくる。銘柄と地域に対する印象度が以前よりも強まった思いがしました。
ご当地米で醸すということは、地酒のブランド力を、専門家が品質面にあれこれ講釈を付けるよりもストレートに、より具体的にわかりやすく浸透させるような気がします。この席に、静岡県の『誉富士』関係者が居なかったのがつくづく残念でした・・・。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『誉富士』は、酒米の王者・山田錦の変異系の品種です。
まず山田錦の特性について触れておきましょう。山田錦は大正末期に兵庫県で生まれた品種で、雄町の系統『短桿渡船』を父に、在来種の『山田穂』を母に持ち、昭和11年に命名登録されました。
酒米は食用米に比べ、大粒で、米の中心の心白(細胞内のデンプン粒密度が粗く、光が乱反射して不透明に見える部分)がクッキリ発現するという特徴があります。心白があると麹米を造るとき、麹の菌糸が中心部まで食い込みやすく、糖化力の強い麹米になる。この糖を栄養にしてアルコールにするのが酵母。酵母の働きを左右する醸造の要を、麹米の糖化力が担っているわけです。この糖化力を左右するのが米の心白であり、菌糸の食い込みをコントロールするのが杜氏の手腕。酒造りってそれぞれの工程の前段階がホント、大事だなあと思います。そのオオモトが原料の酒米なんですね。
山田錦の重さは千粒重にして27g(コシヒカリは22g前後)とビッグサイズながら、心白は線状の一文字型でやや小ぶり。副島教授によると「線状心白は精白したときに心白の位置が片寄って、部分的に露出することもあるが、この表面から心白までの距離の不均一さが酵母の作用する速度をうまくコントロールすることになる」とのこと。ちなみに心白の形状には他に「眼状」「菊花状」等があり、楕円や球形に近いほど高精白すると胴割れしてしまうそうです。
山田錦の線状心白は、親の山田穂、雄町、渡船から受け継いだ遺伝的特徴ですが、「どういうわけか山田錦を親として交配しても、線状心白はなかなか子孫にあらわれない」そう。これが、山田錦を超える米がなかなか出てこない理由の一つと言われてきました。

大粒で穂先が垂れる山田錦
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
山田錦は稲穂の背が高い。つまり背が高く穂先の重量が重いため、倒れやすいという栽培上のネックがあります。酒にするには最高だけど、農家にとっては作りにくい米。そこで静岡県では、静岡酵母の成功に続き、「山田錦と同等レベルで、山田錦よりも作りやすい(=背が低い)酒米を作ろう」と考え、1998年、静岡県農業試験場(現・静岡県農業技術研究所)の宮田祐二さんが中心となって育種がスタートしました。


写真左/山田錦(右)よりも丈が短い誉富士(左)
写真右/誉富士の穂丈を測る宮田さん
まず山田錦の種子籾に放射線(γ線)を照射させ、翌年、約98,000固体を栽培し、その中から短稈化や早生化など、有益な突然変異と思われる約500個体を選抜。2000年以降は、特性が優れた系統を徐々にしぼり込み、穂丈が山田錦よりも低い“短足胴長タイプ”で栽培がしやすく、収穫量も安定し、米粒の形状や外観が山田錦とよく似た『静系(酒)88号』という新品種を選抜しました。
そして2003年より精米試験や小仕込み醸造試験を実施し、一般公募で『誉富士』と命名。2005年度から、県下5地域(焼津市、菊川市、掛川市、袋井市、磐田市)16名の農家が試験栽培を行い、酒蔵7社によって試験醸造されました。
試験醸造の結果は良好で、誉富士を使ってみたいという蔵元は年々増え、平成24年酒造年度は22社から発注がありました。県内の蔵元で最も多く誉富士を仕入れた『白隠正宗』(沼津市)の蔵元杜氏・高嶋一孝さんに昨年の春頃、取材したときの話を要訳すると、
「沼津では五百万石という新潟県原産の酒米を造っていたが、新潟生まれのせいか線が細くて熟成に向かないという欠点がある。山田錦の系統である誉富士の酒は、熟成にも耐えるふっくら感があり、仕入価格は五百万石クラスということで、当社では五百万石使用分をすべて誉富士に切り替えた」
「誉富士は大吟醸酒並みの高精白よりも、精米歩合は60%程度に抑え、ある程度たんぱく質を残し、旨味を出す造りが適していると思う。そんなに削らなくても雑味の少ない、すっきりとした味わいに仕上がるのが、誉富士の利点だというのが造り手の実感。実際のところ、他の蔵でも精米歩合60%程度(40%削る)の純米酒~純米吟醸酒に充てているようだ」

県内で最も多く誉富士を使う白隠正宗の高嶋一孝さん
誉富士の開発者である宮田さんによると、誉富士は収穫した米の9割に心白が発現(山田錦は平均6割)し、なおかつカタチも線状心白。ただし山田錦の線状心白よりも長大で、並みの精米機で高精白すると胴割れしやすいリスクがあるそうです。
一方、高精白をウリにした高価格の大吟醸や純米大吟醸がボンボン売れていたバブルの時代とは違い、マーケットでは低価格酒が主流。静岡県では精米60%クラスの純米・純米吟醸酒でも大吟醸並みの丁寧な仕込みをモットーにしており、コストパフォーマンスの高い良酒であることは飲めば分かる。事実、このクラスが最も売れており、まだまだ伸びる余地はあります。蔵元では必然的に誉富士をこのクラスに使うようになり、ご当地米の話題性が追い風となって大人気を集めています。
「誉富士の酒は、春に仕込んでも9~10月には欠品してしまうので、もっと量を増やしたいが、栽培農家が増えてくれないことにはどうにもならない」と高嶋さん。誉富士の今年の県内作付面積は40ヘクタール(昨年は32ヘクタール)で、このうち静岡県中部の志太地域で約30ヘクタール栽培されています。品種の誕生から普及まで10年足らずで実現したのは、県、JA静岡経済連、酒造組合等が共同で『誉富士普及推進協議会』を結成し、各組織の強みと横の連携を活かした成果といわれていますが、富士山の世界文化遺産登録を受け、「富士」の名がついた酒に対する人気はうなぎのぼり。蔵元のニーズに対し、栽培が追いついていないのが実状のようです。確実に売れる米だと分かっているのに栽培農家が増えない理由・・・いろいろ複雑なものがあるんでしょうね。
次回はその辺の事情と、蔵元が誉富士を使いこなすようになって、味わいが増した誉富士酒の酒質について考察してみようと思います。
◆参考文献/
「酒米~山田錦の作り方と買い方」永谷正治著(醸界タイムス社 1996年)
「酒米ハンドブック」副島顕子著(文一総合出版 2011年)

2010年8月8日、松崎晴雄さん主宰の講座「飲み比べ!88種の酒米品種」
酒米の代表格といえば山田錦(兵庫県原産)と五百万石(新潟県原産)。この2品種で、全国の酒米作付面積の6割以上を占めています。これを筆頭に、現在、約90品種の酒米が栽培されているそうで、中でも2000年以降、新品種に登録された米が36もあるとか。ご当地米の開発ブームなんですね。
ご存知、わが静岡県の『誉富士』も2003年にデビューした酒米新品種です。まもなく(9月末~)稲刈のシーズン。これから2回に亘って誉富士について書いてみようと思います。

9月上旬の焼津市平島の圃場。
五百万石(右)は稲刈直前。誉富士(左)の稲刈は約20日後の予定
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3年前、松崎さんの講座で試飲した88種のうち、近年開発されたものは、北から、吟風・彗星(北海道)、吟ぎんが(岩手)、吟の精・美郷錦・秋田酒こまち(秋田)、出羽燦々・山酒4号・出羽の里(山形)、蔵の華・星あかり(宮城)、夢の香(福島)、ひたちにしき(茨城)、とちぎ酒14(栃木)、さけ武蔵(埼玉)、ひとごこち(長野)、雄山錦・富の香(富山)、越の雫(福井)、誉富士(静岡)、夢山水(愛知)、神の穂(三重)、白鶴錦(兵庫)、神の舞・佐香錦(島根)、千本錦(広島)、西都の雫(山口)、さぬきよいまい(香川)、しずく媛(愛媛)、吟の夢・風鳴子(高知)、夢一献(福岡)、さがの華(佐賀)、吟のさと(熊本)。
これに、一般米で酒にも使われる、きらら397・ゆきひかり(北海道)、むつほまれ(青森)、トヨニシキ(岩手)、あきたこまち(秋田)、ササニシキ・ひとめぼれ(宮城)、しらかば錦(長野)、コシヒカリ(新潟)、右近錦(滋賀)、朝日・アケボノ(岡山)、中生新千本(広島)、松山三井・あいのゆめ(愛媛)。
さらに復活した古い品種で、陸羽132(秋田)、改良信交・京の華・亀の尾(山形)、渡船(茨城)、山田穂(兵庫)、強力(鳥取)、造酒錦(岡山)、八反草(広島)、穀良都(山口)、鍋島(佐賀)、神力(熊本)。
そして現在のポピュラー品種である山田錦、五百万石、美山錦、雄町、八反錦などが加わりました。みなさんはいくつご存知ですか?
松崎さんは講座で、
「酒米の世界は下剋上が激しい。新しい品種が次々に生まれても、栽培上や醸造上の欠陥があって、未だに昭和初期に生まれた『山田錦』を超える米が出て来ない」
「山田錦は全国で1000軒を超える酒蔵で使われ、膨大な仕込みデータが蓄積されている。長く使われているメリットがそこにある。山田錦を超える米が出るか出ないかは、21世紀の酒造業界の大きなテーマ」
「新品種の米を醸造するとき、杜氏や蔵人はどうしても慎重にならざるを得ない。吟醸型の、硬く締めた造りになるので、初期の酒はすっきりしすぎて素っ気ない味になりがち。米の潜在的な力が未開拓の状態の酒も少なくない」
と解説されました。
確かに、私自身、当初は誉富士の酒を飲んでもきれいすぎるというか素っ気なさを感じ、新品種の酒米らしさがどこにあるのかわからずにいました。それは米の品質上の欠陥というよりも、造り手がまだおっかなびっくり使っているせいかもしれないんですね。
新しい酵母を使うときも、最初はそうだったのかもしれません。たった1回の仕込みの失敗が、その1年を台無しにし、蔵の名に傷がつくかもしれない・・・新技術に挑むとき、雇われ杜氏や社員蔵人ではどうしたって慎重にならざるを得ない。それを考えると、静岡酵母の黎明期に試験醸造で貢献した『開運』や『満寿一』、誉富士の試験醸造に最初に手を挙げた『高砂』・・・各蔵元経営者と杜氏・蔵人衆のチャレンジスピリットには、文句なく称賛を送りたいと思います。
蔵元経営者が杜氏を兼任する蔵が増えた今は、リスクがあっても新しい米や酵母に挑戦しやすい環境になってきた、とも思います。松崎さんのこの講座には、全国から13社の蔵元が参加し、造り手の立場で解説をしてくれました。当時の取材メモを紐解くと、
「山田錦の山廃仕込みでは櫂入れを一切せず、麹や酵母の力だけでどれだけのもろみが出来るか試してみた」(雪の茅舎・秋田)
「陸羽132号は亀の尾と愛国をルーツとする伝統品種で、冷害に強く、戦時中は朝鮮半島でも造られていた」(刈穂・秋田)
「五百万石の田んぼで、通常より40㎝も穂の長い突然変異種を発見し、蔵の単独品種“人気しずく”として品種登録もできた」(人気一・福島)
「渡船は山田錦の男親にあたる伝統品種で、脱粒性が高く育てにくい野生種。吸水がものすごく速く、柔らかくて融けやすい」(府中誉・茨城)
「ひとごこちという美山錦系の新品種を自社酵母で醸し、ワイン風に飲めるとお客さんには好評だったが、専門家の先生には高い酸度(1.9)が評価されない(苦笑)」(七賢・山梨)
「広島の伝統品種八反草は、他の伝統品種とは違い、硬くて融けにくい。引き際のきれいな酒に仕上がるので精米歩合を40・50・60%と変えて仕込んでみた」(富久長・広島)
「新品種吟のさとを地元で菜の花農法(3月に菜の花を植えて6月に刈り、その後に田植えする=除草剤が要らない)に取り組む栽培者グループとともに育てて純米酒菜々という酒にした」(瑞鷹・熊本)
等など、酒造りにも米作りにも直接携わる醸造家ならではの興味深いお話をしてくれました。国産米のみ使用という条件下で、米の栽培方法や醸造方法に創意工夫を加え、味の個性を模索する造り手の神経の細やかさ・・・実に日本人らしい酒だと実感します。
試飲タイムでは、米の個性というよりも、その銘柄の固有の持ち味や、使用する酵母の特性のほうが前面に出てる?って酒もありましたが、1本の酒を介し、造り手との会話がポンポンと弾み、米の情報とともに、その米に挑戦する蔵元自身の人となり、地域ぐるみの熱の入れようも伝わってくる。銘柄と地域に対する印象度が以前よりも強まった思いがしました。
ご当地米で醸すということは、地酒のブランド力を、専門家が品質面にあれこれ講釈を付けるよりもストレートに、より具体的にわかりやすく浸透させるような気がします。この席に、静岡県の『誉富士』関係者が居なかったのがつくづく残念でした・・・。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『誉富士』は、酒米の王者・山田錦の変異系の品種です。
まず山田錦の特性について触れておきましょう。山田錦は大正末期に兵庫県で生まれた品種で、雄町の系統『短桿渡船』を父に、在来種の『山田穂』を母に持ち、昭和11年に命名登録されました。
酒米は食用米に比べ、大粒で、米の中心の心白(細胞内のデンプン粒密度が粗く、光が乱反射して不透明に見える部分)がクッキリ発現するという特徴があります。心白があると麹米を造るとき、麹の菌糸が中心部まで食い込みやすく、糖化力の強い麹米になる。この糖を栄養にしてアルコールにするのが酵母。酵母の働きを左右する醸造の要を、麹米の糖化力が担っているわけです。この糖化力を左右するのが米の心白であり、菌糸の食い込みをコントロールするのが杜氏の手腕。酒造りってそれぞれの工程の前段階がホント、大事だなあと思います。そのオオモトが原料の酒米なんですね。
山田錦の重さは千粒重にして27g(コシヒカリは22g前後)とビッグサイズながら、心白は線状の一文字型でやや小ぶり。副島教授によると「線状心白は精白したときに心白の位置が片寄って、部分的に露出することもあるが、この表面から心白までの距離の不均一さが酵母の作用する速度をうまくコントロールすることになる」とのこと。ちなみに心白の形状には他に「眼状」「菊花状」等があり、楕円や球形に近いほど高精白すると胴割れしてしまうそうです。
山田錦の線状心白は、親の山田穂、雄町、渡船から受け継いだ遺伝的特徴ですが、「どういうわけか山田錦を親として交配しても、線状心白はなかなか子孫にあらわれない」そう。これが、山田錦を超える米がなかなか出てこない理由の一つと言われてきました。

大粒で穂先が垂れる山田錦
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
山田錦は稲穂の背が高い。つまり背が高く穂先の重量が重いため、倒れやすいという栽培上のネックがあります。酒にするには最高だけど、農家にとっては作りにくい米。そこで静岡県では、静岡酵母の成功に続き、「山田錦と同等レベルで、山田錦よりも作りやすい(=背が低い)酒米を作ろう」と考え、1998年、静岡県農業試験場(現・静岡県農業技術研究所)の宮田祐二さんが中心となって育種がスタートしました。


写真左/山田錦(右)よりも丈が短い誉富士(左)
写真右/誉富士の穂丈を測る宮田さん
まず山田錦の種子籾に放射線(γ線)を照射させ、翌年、約98,000固体を栽培し、その中から短稈化や早生化など、有益な突然変異と思われる約500個体を選抜。2000年以降は、特性が優れた系統を徐々にしぼり込み、穂丈が山田錦よりも低い“短足胴長タイプ”で栽培がしやすく、収穫量も安定し、米粒の形状や外観が山田錦とよく似た『静系(酒)88号』という新品種を選抜しました。
そして2003年より精米試験や小仕込み醸造試験を実施し、一般公募で『誉富士』と命名。2005年度から、県下5地域(焼津市、菊川市、掛川市、袋井市、磐田市)16名の農家が試験栽培を行い、酒蔵7社によって試験醸造されました。
試験醸造の結果は良好で、誉富士を使ってみたいという蔵元は年々増え、平成24年酒造年度は22社から発注がありました。県内の蔵元で最も多く誉富士を仕入れた『白隠正宗』(沼津市)の蔵元杜氏・高嶋一孝さんに昨年の春頃、取材したときの話を要訳すると、
「沼津では五百万石という新潟県原産の酒米を造っていたが、新潟生まれのせいか線が細くて熟成に向かないという欠点がある。山田錦の系統である誉富士の酒は、熟成にも耐えるふっくら感があり、仕入価格は五百万石クラスということで、当社では五百万石使用分をすべて誉富士に切り替えた」
「誉富士は大吟醸酒並みの高精白よりも、精米歩合は60%程度に抑え、ある程度たんぱく質を残し、旨味を出す造りが適していると思う。そんなに削らなくても雑味の少ない、すっきりとした味わいに仕上がるのが、誉富士の利点だというのが造り手の実感。実際のところ、他の蔵でも精米歩合60%程度(40%削る)の純米酒~純米吟醸酒に充てているようだ」

県内で最も多く誉富士を使う白隠正宗の高嶋一孝さん
誉富士の開発者である宮田さんによると、誉富士は収穫した米の9割に心白が発現(山田錦は平均6割)し、なおかつカタチも線状心白。ただし山田錦の線状心白よりも長大で、並みの精米機で高精白すると胴割れしやすいリスクがあるそうです。
一方、高精白をウリにした高価格の大吟醸や純米大吟醸がボンボン売れていたバブルの時代とは違い、マーケットでは低価格酒が主流。静岡県では精米60%クラスの純米・純米吟醸酒でも大吟醸並みの丁寧な仕込みをモットーにしており、コストパフォーマンスの高い良酒であることは飲めば分かる。事実、このクラスが最も売れており、まだまだ伸びる余地はあります。蔵元では必然的に誉富士をこのクラスに使うようになり、ご当地米の話題性が追い風となって大人気を集めています。
「誉富士の酒は、春に仕込んでも9~10月には欠品してしまうので、もっと量を増やしたいが、栽培農家が増えてくれないことにはどうにもならない」と高嶋さん。誉富士の今年の県内作付面積は40ヘクタール(昨年は32ヘクタール)で、このうち静岡県中部の志太地域で約30ヘクタール栽培されています。品種の誕生から普及まで10年足らずで実現したのは、県、JA静岡経済連、酒造組合等が共同で『誉富士普及推進協議会』を結成し、各組織の強みと横の連携を活かした成果といわれていますが、富士山の世界文化遺産登録を受け、「富士」の名がついた酒に対する人気はうなぎのぼり。蔵元のニーズに対し、栽培が追いついていないのが実状のようです。確実に売れる米だと分かっているのに栽培農家が増えない理由・・・いろいろ複雑なものがあるんでしょうね。
次回はその辺の事情と、蔵元が誉富士を使いこなすようになって、味わいが増した誉富士酒の酒質について考察してみようと思います。
◆参考文献/
「酒米~山田錦の作り方と買い方」永谷正治著(醸界タイムス社 1996年)
「酒米ハンドブック」副島顕子著(文一総合出版 2011年)
Posted by 日刊いーしず at 12:00