2013年06月14日
第10回 ガリレオの酒談義
全国新酒鑑評会の話題を続けます。今回は、5月21日に東広島市内で開かれた酒類総合研究所講演会の内容を紹介します。
酒類総合研究所講演会は、日本酒造組合中央会とともに全国新酒鑑評会を主催する酒類総合研究所が、鑑評会の開催に合わせ、日ごろの研究成果や鑑評会審査のポイントなどを解説するシンポジウムで、今年で49回を数えます。
同研究所は明治37年(1904)、東京・滝野川に設立された国立醸造試験所を前身とし、1995年に東広島市に移転。2001年に財務省管轄の独立行政法人となりました。
昨年1月、時の民主党政権下で独法の存続が“仕分け”され、酒類総研は廃止との閣議決定。業界内では騒然となりましたが、自民党政権になって、無事?廃止凍結となりました。そんな背景があってか、今年の講演会では研究成果の社会的貢献度を強調する発表もみられました。
【発表1 なぜ清酒酵母はアルコール発酵力が高いのか?】
すごく面白い発表でした。なぜ日本酒に使う酵母はアルコール発酵力が高いのか?→ズバリ「ストレスに弱い酵母だから」なんですって。意外でしょ?
今まではその逆で、「清酒酵母に高いアルコール発酵力があるのは、ストレスに強いから」と考えられていました。素人目で考えてもそうでしょう。
研究スタッフが清酒酵母K701(協会7号系酵母)と、バイオ研究で一般的に使う出芽酵母X2180に、一定のストレス(=熱ショックや高いエタノール)を与え、生存率を比べてみたところ、意外にも、清酒酵母K701のほうがはるかに多く死滅してしまったそうです。つまりストレスにやられてしまった・・・。
酵母も、厳しい自然界の中で必死に生存競争を闘っている微生物であり、ストレスのない環境で長生きしたいはず。しかし、高いアルコールを求める人間の欲望によって酵母菌株の選抜が繰り返された結果、自分の存在を犠牲にしてまでアルコールを生産し続ける“習性”を身につけてしまったというのです。なんだか切なくなりますね。
清酒酵母がストレスに弱い原因を、遺伝子レベルで調べたところ、一般酵母が持つMsn2、Msn4pという2つのストレス応答遺伝子(=ストレスをブロックする遺伝子)が、清酒酵母には抑制されていたことが判明しました。
さらにこの2つの遺伝子の働きに関連するRim15pというプロテインキナーゼに機能欠失変異があり、それぞれの回路がうまく働かず、結果としてストレス応答経路が欠損してしまったとのこと。
これらの“欠陥”は、昭和以降に分離培養された清酒酵母だけが持ち、実験用の一般酵母、ワイン酵母やビール酵母などには存在しないそうです。清酒の高いアルコール発酵力は、欠陥遺伝子のおかげ、というわけです。実に面白い・・・!
このメカニズムが解明できたことで、日本酒のみならず、他の発酵・醸造産業にもメリットが生まれるかもしれない、と発表者は力説しました。アルコール発酵力を高める欠陥遺伝子を応用し、バイオエタノール製造用酵母の発酵時間を19.7%短縮できたという実験成果も得られたとのこと。清酒酵母の発酵メカニズムが、地球のエネルギー問題を解決するかもしれないなんて、とてつもないロマンですねえ。
科学とは、ロマンを論理的に説明する手段なんだ・・・と、呑んでいないのに酔った気分になりました。
【発表2 清酒粕の成分調査と機能性成分の安定性について】
小難しそうなタイトルですが、数年前にNHK『ためしてガッテン』が酒粕の有効成分について取り上げて以来、酒粕イコール健康食品のイメージが定着したことから、研究所でも酒粕の機能性成分について本腰を入れて研究し、新しい有効成分を発見した、というもの。
その、注目される高機能性成分とは、S-アデノシルメチオニン(SAM)と葉酸。
SAMは清酒酵母が高含有する成分で、肝障害、ウツ、関節炎を防ぐ効果があり、欧米ではサプリメントとして広く知られています。国内産のサプリメントは2社から発売されており、いずれも清酒酵母から成分採取されているそうです。
葉酸は欧米では子ども向けのシリアルにも使われる高機能性成分で、妊婦の滋養に効果あり。先進国では日本だけ摂取量が低いといわれるものです。
酒粕に含まれるSAMは、豚レバーの約27倍(最大で116倍)、葉酸はホウレンソウの約0.8倍(最大で2.5倍)。最大値との数値に開きがあるのは、サンプルに使われた酒粕の違いによるものです。たとえば酒の主要成分であるタンパク質は、普通酒では14.4%、大吟醸では5.5%、液化仕込は25.3%というように仕込み方法の違いによって酒粕にまで成分の差がハッキリ出るんですね。とくに酒粕をあまり出さない液化仕込と、酒粕をもろみの5割以上出す大吟醸では、極端な差があります。
そんなこんなで酒粕の成分検査は、複雑かつ判断が難しいようですが、酒粕の有効成分が話題になる中、あらたにSAMと葉酸の高含有が科学的に解明され、ますます頼もしく感じました。
SAMや葉酸は、酒粕を冷凍保存(マイナス30℃)することで長期保存でも含量が損なわないようです。とくに酒粕を凍結乾燥させると安定性が劇的に向上する。凍結乾燥の酒粕が機能性食品として開発される日も必ず来るでしょう。
実は後日、東京のある酒宴で、偶然、NHKためしてガッテンの酒粕特集を担当した番組ディレクターと会うことができたんです。さっそくこの話をして、酒粕特集第2弾を、とアピールしたんですが、そのディレクター氏、まもなく異動になってしまうとか。・・・せっかくの研究成果ですから、酒類総研はうまくメディアを活用し、発信してほしいと思います。
酒粕の機能性については第5回「かしこい酒粕」(≫こちら)もご参照ください。
【発表3 清酒中の貯蔵劣化臭の生成機構について】
日本酒が海外でも飲まれるようになり、ますます重要になってきたのが貯蔵による酒質変化の制御。長期熟成による香りの変化を楽しむ人も増えてはいますが、やっぱり蔵元が目指して造った酒質から、あまりにもかけ離れてしまった変容は、看過できないでしょう。静岡の酒は繊細でデリケートな酒質が“ウリ”でもあるので、ちょっとした変化を“劣化ではないか”と感じてしまいます。
研究所では古酒の香りのモトとなる成分について、長期熟成酒として売られている酒と、一般市販酒で専門家から「老香(ひねか)=劣化臭」の烙印を押された酒を比べて調査しました。その結果、5年以上の長期熟成酒にはソトロン(カルメラのような香り)、コハク酸ジエチルという成分が多かったようです。
一方、老香酒には、ポリスルフィドの一種DMTS(ジメチルトリスルフィド)が増加していました。たくあん漬けのような臭いを発生させる成分です。これが劣化臭の真犯人だったんですね。
DMTSは、貯蔵中に化学反応で生まれるため、その原因を突き止めて制御すれば劣化は防げます。ちょっと難しすぎて脳の回路がパンクしそうになったので途中カットしますが、とどのつまりは、DMTSを生成させる経路をブッタ切る“破壊株”を使って酒を仕込んだところ成功したそうです。貯蔵条件を変えるのではなく、仕込み段階から劣化しにくい酵母を使い、貯蔵劣化を完全に防いだというわけですね。
劣化のメカニズムは多様で、原料米-とくに硫黄含有の多い米を使うと、劣化臭ポリスルフィドが増える事例も報告されています。原料に劣化原因があるとしたら、蔵元は酒米の仕入れにもっと神経を遣うべきだし、米の生産者も責任を持って育てなければなりませんね。
こういう話を聞いていると、人間の病気の治療や予防も同じだなあと実感させられます。いくつになっても人として、劣化ではなく熟成の魅力を持ち続けたいものだ、としみじみ思います。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
発表者はそれぞれの研究を現場で担当した研究者自身。パワーポイントを駆使して丁寧に解説してくれましたが、理系大学の専門課程レベルの内容なので、素人にはついていけない化学記号や専門用語のオンパレード。途中で何度か挫折しそうになりましたが、そんな時はひたすら、「発表者がガリレオの福山雅治だったら」と妄想しながら乗り切りました。
今回の記事、ややこしくて読みにくいと思われたなら、ぜひアタマの中で福山さんの低音ボイスをかぶせてみてください(笑)。
酒類総合研究所講演会は、日本酒造組合中央会とともに全国新酒鑑評会を主催する酒類総合研究所が、鑑評会の開催に合わせ、日ごろの研究成果や鑑評会審査のポイントなどを解説するシンポジウムで、今年で49回を数えます。
同研究所は明治37年(1904)、東京・滝野川に設立された国立醸造試験所を前身とし、1995年に東広島市に移転。2001年に財務省管轄の独立行政法人となりました。
昨年1月、時の民主党政権下で独法の存続が“仕分け”され、酒類総研は廃止との閣議決定。業界内では騒然となりましたが、自民党政権になって、無事?廃止凍結となりました。そんな背景があってか、今年の講演会では研究成果の社会的貢献度を強調する発表もみられました。
【発表1 なぜ清酒酵母はアルコール発酵力が高いのか?】
すごく面白い発表でした。なぜ日本酒に使う酵母はアルコール発酵力が高いのか?→ズバリ「ストレスに弱い酵母だから」なんですって。意外でしょ?
今まではその逆で、「清酒酵母に高いアルコール発酵力があるのは、ストレスに強いから」と考えられていました。素人目で考えてもそうでしょう。
研究スタッフが清酒酵母K701(協会7号系酵母)と、バイオ研究で一般的に使う出芽酵母X2180に、一定のストレス(=熱ショックや高いエタノール)を与え、生存率を比べてみたところ、意外にも、清酒酵母K701のほうがはるかに多く死滅してしまったそうです。つまりストレスにやられてしまった・・・。
酵母も、厳しい自然界の中で必死に生存競争を闘っている微生物であり、ストレスのない環境で長生きしたいはず。しかし、高いアルコールを求める人間の欲望によって酵母菌株の選抜が繰り返された結果、自分の存在を犠牲にしてまでアルコールを生産し続ける“習性”を身につけてしまったというのです。なんだか切なくなりますね。
清酒酵母がストレスに弱い原因を、遺伝子レベルで調べたところ、一般酵母が持つMsn2、Msn4pという2つのストレス応答遺伝子(=ストレスをブロックする遺伝子)が、清酒酵母には抑制されていたことが判明しました。
さらにこの2つの遺伝子の働きに関連するRim15pというプロテインキナーゼに機能欠失変異があり、それぞれの回路がうまく働かず、結果としてストレス応答経路が欠損してしまったとのこと。
これらの“欠陥”は、昭和以降に分離培養された清酒酵母だけが持ち、実験用の一般酵母、ワイン酵母やビール酵母などには存在しないそうです。清酒の高いアルコール発酵力は、欠陥遺伝子のおかげ、というわけです。実に面白い・・・!
このメカニズムが解明できたことで、日本酒のみならず、他の発酵・醸造産業にもメリットが生まれるかもしれない、と発表者は力説しました。アルコール発酵力を高める欠陥遺伝子を応用し、バイオエタノール製造用酵母の発酵時間を19.7%短縮できたという実験成果も得られたとのこと。清酒酵母の発酵メカニズムが、地球のエネルギー問題を解決するかもしれないなんて、とてつもないロマンですねえ。
科学とは、ロマンを論理的に説明する手段なんだ・・・と、呑んでいないのに酔った気分になりました。
【発表2 清酒粕の成分調査と機能性成分の安定性について】
小難しそうなタイトルですが、数年前にNHK『ためしてガッテン』が酒粕の有効成分について取り上げて以来、酒粕イコール健康食品のイメージが定着したことから、研究所でも酒粕の機能性成分について本腰を入れて研究し、新しい有効成分を発見した、というもの。
その、注目される高機能性成分とは、S-アデノシルメチオニン(SAM)と葉酸。
SAMは清酒酵母が高含有する成分で、肝障害、ウツ、関節炎を防ぐ効果があり、欧米ではサプリメントとして広く知られています。国内産のサプリメントは2社から発売されており、いずれも清酒酵母から成分採取されているそうです。
葉酸は欧米では子ども向けのシリアルにも使われる高機能性成分で、妊婦の滋養に効果あり。先進国では日本だけ摂取量が低いといわれるものです。
酒粕に含まれるSAMは、豚レバーの約27倍(最大で116倍)、葉酸はホウレンソウの約0.8倍(最大で2.5倍)。最大値との数値に開きがあるのは、サンプルに使われた酒粕の違いによるものです。たとえば酒の主要成分であるタンパク質は、普通酒では14.4%、大吟醸では5.5%、液化仕込は25.3%というように仕込み方法の違いによって酒粕にまで成分の差がハッキリ出るんですね。とくに酒粕をあまり出さない液化仕込と、酒粕をもろみの5割以上出す大吟醸では、極端な差があります。
そんなこんなで酒粕の成分検査は、複雑かつ判断が難しいようですが、酒粕の有効成分が話題になる中、あらたにSAMと葉酸の高含有が科学的に解明され、ますます頼もしく感じました。
SAMや葉酸は、酒粕を冷凍保存(マイナス30℃)することで長期保存でも含量が損なわないようです。とくに酒粕を凍結乾燥させると安定性が劇的に向上する。凍結乾燥の酒粕が機能性食品として開発される日も必ず来るでしょう。
実は後日、東京のある酒宴で、偶然、NHKためしてガッテンの酒粕特集を担当した番組ディレクターと会うことができたんです。さっそくこの話をして、酒粕特集第2弾を、とアピールしたんですが、そのディレクター氏、まもなく異動になってしまうとか。・・・せっかくの研究成果ですから、酒類総研はうまくメディアを活用し、発信してほしいと思います。
酒粕の機能性については第5回「かしこい酒粕」(≫こちら)もご参照ください。
【発表3 清酒中の貯蔵劣化臭の生成機構について】
日本酒が海外でも飲まれるようになり、ますます重要になってきたのが貯蔵による酒質変化の制御。長期熟成による香りの変化を楽しむ人も増えてはいますが、やっぱり蔵元が目指して造った酒質から、あまりにもかけ離れてしまった変容は、看過できないでしょう。静岡の酒は繊細でデリケートな酒質が“ウリ”でもあるので、ちょっとした変化を“劣化ではないか”と感じてしまいます。
研究所では古酒の香りのモトとなる成分について、長期熟成酒として売られている酒と、一般市販酒で専門家から「老香(ひねか)=劣化臭」の烙印を押された酒を比べて調査しました。その結果、5年以上の長期熟成酒にはソトロン(カルメラのような香り)、コハク酸ジエチルという成分が多かったようです。
一方、老香酒には、ポリスルフィドの一種DMTS(ジメチルトリスルフィド)が増加していました。たくあん漬けのような臭いを発生させる成分です。これが劣化臭の真犯人だったんですね。
DMTSは、貯蔵中に化学反応で生まれるため、その原因を突き止めて制御すれば劣化は防げます。ちょっと難しすぎて脳の回路がパンクしそうになったので途中カットしますが、とどのつまりは、DMTSを生成させる経路をブッタ切る“破壊株”を使って酒を仕込んだところ成功したそうです。貯蔵条件を変えるのではなく、仕込み段階から劣化しにくい酵母を使い、貯蔵劣化を完全に防いだというわけですね。
劣化のメカニズムは多様で、原料米-とくに硫黄含有の多い米を使うと、劣化臭ポリスルフィドが増える事例も報告されています。原料に劣化原因があるとしたら、蔵元は酒米の仕入れにもっと神経を遣うべきだし、米の生産者も責任を持って育てなければなりませんね。
こういう話を聞いていると、人間の病気の治療や予防も同じだなあと実感させられます。いくつになっても人として、劣化ではなく熟成の魅力を持ち続けたいものだ、としみじみ思います。
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発表者はそれぞれの研究を現場で担当した研究者自身。パワーポイントを駆使して丁寧に解説してくれましたが、理系大学の専門課程レベルの内容なので、素人にはついていけない化学記号や専門用語のオンパレード。途中で何度か挫折しそうになりましたが、そんな時はひたすら、「発表者がガリレオの福山雅治だったら」と妄想しながら乗り切りました。
今回の記事、ややこしくて読みにくいと思われたなら、ぜひアタマの中で福山さんの低音ボイスをかぶせてみてください(笑)。
Posted by 日刊いーしず at 12:00